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今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月20日(日)14時54分52秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として『旧海軍の砲術』コーナーで『艦砲操式沿革と改訂経緯』のページを公開
しました。

旧海軍の砲戦術史の連載を始めまして、先日その第1部たる明治40年代の砲戦術の解説を
終わり、続いて大正初期のことに入る準備をしております。

この砲戦術史に関連して、やはりこの「艦砲操式」についてご理解いただいておく必要が
あると考えた次第です。

「艦砲操式」と言いますのは、単に砲熕武器の操作法だけではなく、砲台長・砲員長以下の
砲台員総員が一つのチームとして、射撃指揮官の指揮に従って各砲台で“どの様に射撃を行う
のか”も含めたもので、艦砲射撃、そして砲術の基礎をなす重要な部分です。

そしてその反面で、砲熕武器という本来爆発物を取り扱う大変な危険を伴うものですので、
この「艦砲操式」の変遷というのはある意味砲熕武器の損傷や人員の死傷などの事故による
教訓とその改善の積み重ねの歴史でもあるとも言えます。

旧海軍が砲術を発展させていく中で、こういう大変な苦心を積み重ねてきた結果を伴うもので
あることをご理解いただければと思います。

当該ページの内容は全て旧海軍自身の史料に基づいて作成しておりますが、この様なものを
纏めたものは初めてのものであろうかと自負しております。

 
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月13日(日)12時58分14秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

本掲示板にて「五十口径三年式十四糎砲」の「被帽通常弾」についてのお尋ねがありましたので、
折角の機会ですから、今週の更新として『旧海軍の砲術』コーナーにて同砲及その装薬等、そして
同「被帽通常弾」のデータを追加公開いたしました。

なお、既に公開しておりますもので古いページはブラウザとしてIE用に合わせておりましたが、
Win10となった現在ではIEを使われる方もおられないでしょうから Google Chrome 用に
しましたが、表示の互換性の問題で古いページはまだ直しておりません。 今後暇を見つけて
少しずつ修正していく予定です。




 

Re: 旧海軍の「射撃」と「砲撃」について

 投稿者:大井みなみ  投稿日:2018年 5月 9日(水)11時37分26秒
返信・引用
  > No.4782[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

桜と錨様、興味深いお話ありがとうございます!
自衛隊の皆様はこういった競技会などで互いに切磋琢磨し、精強な部隊を形成していかれるのですね。
常に勉強し、体を鍛え、技術を磨いて国防の任に着かれる皆様に頭が上がりません。

「小冊子を著す」などと言っても、なかなか自分で書いた信号を覚えられるわけでもなく、友人などに「あの信号は?」と聞かれても自分の本を見て答える程度なので、もっと勉強しないといけないと常に思っています。

NAVCOMEXのように、専門的で実践的なことはできませんが、今度友人と信号競技モドキをやってみようと思います!
 

Re: 旧海軍の「射撃」と「砲撃」について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 8日(火)21時21分19秒
返信・引用
  大井みなみさん、こん**は。

現在の海上自衛隊の艦底部隊でも旗旒信号を扱う訓練の一つに「NAVCOMEX303」(Naval Communication
Exercise No.303」という代表的なものがあります。

これは「これこれの時・状況において掲げる信号は何か」という質問に対して、如何に早く該当する
ものを信号書の中から探して実際にその旗旒信号を掲げるかという訓練であり対抗競技で、若手の
幹部達が一生懸命になるものです。

使用する信号書は「ATP-1」(Allied Tactical Publication 1)という日米のみならずNATO諸国海軍
共通の信号書を使うのですが、これの構成も「海軍信号書(甲)」や「国際信号書(旧万国船舶信号書)」
などと同じように、ある意味“直感的”に探しやすいように項目分けされたものです。

そして慣れてくると次第に「あ~、この信号はあのページに」と覚えてくるのですが、しかしながら
似たような種類の信号でも必ずしも同じ項目に分類分けがされているわけではなく、信号書の中のどの
ページにあるのかがなかなか見つけられないことがあります。もちろん問題を出す方はわざとそれを
狙ってくるのですが。

このため、中には信号書の末尾にある索引のコピーを作って質問のキーワードからその信号が記載されて
いる項目を早く探せるように色々工夫をする者もおります。

つまり先にも申し上げましたように、信号書の構成というのは必ずしも砲術や航海といったそれぞれの
専門の内容に沿ったものとは限らないということです。

話しが逸れましたがご参考までに。



 

Re: 旧海軍の「射撃」と「砲撃」について

 投稿者:大井みなみ  投稿日:2018年 5月 8日(火)12時02分21秒
返信・引用
  > No.4779[元記事へ]

ご回答ありがとうございました。

「砲撃」は一般的な用語として用いられるものなのてすね。素人には考え及びませんでした。

また、信号書の用法にも言及していただけて、本当に勉強になりました。

自分の拝見した信号書も、航海長さんが差し替えをされた記録があったので、納得いきました。

自分も船の乗組員をしていたことがありますが、思い返せば航海長さんは船の全般を見てくれていたと、今更ながら思い出した次第です。

話が砲術から離れてしまい恐縮です。

今後も色々参考にさせて頂きます。重ねてお礼申し上げます。
 

海南島の旧陸海軍航空基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 7日(月)23時47分49秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

昨日サイトの更新として『旧海軍の基地』コーナーで海南島にあった海口基地など4個所を中心に
写真や図をアップデートしたところです。

そこで、折角ですから海南島にあった旧陸海軍の全航空基地及び水上機基地について概説したものが
あった方が便利かな? と思いましたので、作ってしまいました。

海口基地などの各ページの写真や図の欄の右側最上段にある周辺基地の表示画像からクリックで
飛べますのでご覧下さい。

なお表示しておりますのは、現在その所在地が判明しているものだけで、正確な場所が特定できない
ものや不時着陸場などのマイナーなものは省略しております。


 

Re: 旧海軍の「射撃」と「砲撃」について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 7日(月)16時19分9秒
返信・引用
  大井みなみさん、初めまして。

「海軍信号規程」がお役に立っているようで嬉しいですね。

お尋ねの件ですが、本来の砲術上の話しでは「砲戦」と「(艦砲)射撃」という2つはそれぞれ
大きなテーマとして別れておりますが、「砲撃」というテーマも用語もありません。

つまり専門的な項目としてのテーマではなく、単に実際の射撃の場面での一般的な用語ということ
です。(ただし、今次大戦中に「砲撃始め」という号令の一つとして出来ましたが。)

しかしながら「海軍信号書」というのは、砲術の専門家以外の、例えば航海長以下の航海科員や
通信科員などが、他艦所との信号を行う上でいわゆる“辞書”的に使うものですので、その送受信に
あたって必要な信号が直ぐひけるような構成とする必要があります。

したがってそのために“直感的な項目で分類”されますので、これは本来の砲術の内容とは別の話に
なります。

具体的に項目としてどのような区別、分類がなされているのかは、当該信号書の各項目に含まれる
信号の内容をご覧いただけばよろしいかと存じます。

取り急ぎこのようなところでいかがでしょうか?



 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 6日(日)23時08分20秒
返信・引用
  世の中GWで我が家も娘達や孫娘が遊びにきて賑やかでした。

ついでに研究作業の方は少しさぼって、今週のサイトの更新は先週に引き続いて『旧海軍の基地』
コーナーの既存のページに多少手を入れました。

特に海南島の「海口」「三亜」「黄流」「北黎」の各航空基地を重点に新しい写真や図を入れて
おります。

各基地ともこれくらいのデータがあれば一応どのようなところであったかを知るには十分かと。



 

旧海軍の「射撃」と「砲撃」について

 投稿者:大井みなみ  投稿日:2018年 5月 6日(日)15時06分15秒
返信・引用
  はじめまして。私は趣味で旗旒信号に関する小冊子を作成している者です。
公開していただいている「海軍信号規程」を参考にさせていただきました。ありがとうございます。

この度、旗旒信号関連の新刊を著すにあたり、「海軍信号書(甲)」を参照していたのですが、「砲戦」の章で疑問が生じ、ご質問させていただきたく、書き込みさせていただきました。
同章の中に「射撃」の項と「砲撃」の項があり、この違いについてご教授いただけませんでしょうか。

自分なりには「射撃」という大きな括りの中に「砲撃」が含まれるのかとも考えましたが、所詮は「考え」でしかなく、これを新刊に書くのもどうかと悩んでおります。

突然で不躾ではございますが、ご回答いただければ幸いです。何卒宜しくお願い申し上げます。
 

Re: 十四糎砲被冒通常弾

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 5日(土)13時46分58秒
返信・引用
  はじろさん、初めまして。 マイナーなテーマを扱うところですが、ご覧いただいているようで
ありがとうございます。

お尋ねの被帽の件ですが、詳しくは『砲戦術史』コーナーで今後大正期及び昭和期へと進む中で
お話ししていく予定です。

取り敢えず簡単に申し上げれば、日露戦争の教訓の後に将来の弾種についての検討がなされました
が、製造・維持管理(弾庫の容量・設備)及び実際の海戦における射撃での要求から、各砲種に
おいてはできるだけ弾種の数は少なくしていく方向となりました。

そして大正期になって、主砲たる大口径砲は徹甲弾、副砲たる中口径砲は通常弾とする単一弾種
主義となります。

しかしながら、艦艇及び砲熕武器の進歩とこれに伴う海戦様相の変化により、中口径砲といえども
薄い装甲板に対しては比較的大きな弾片の効果によりある程度の穿徹力“も”求められることに
なります。

これにより日本人の体格に合わせて従来の15センチから14センチ砲へ切り替えた時に、その
砲弾には被帽通常弾が採用されることになりました。

とはいえ、基本的な通常弾としての要求は変わりませんので信管は弾底着発で、「信管」コーナー
でご説明してありますとおり、三年式一号及び一三式一号(改一)共に遅延無しの即動信管です。

この単一弾種主義も昭和期に入ると、結局は対艦用の被帽通常弾だけではなく、いわゆる本来の
汎用の通常弾“も”必要との要求になってきます。


 

十四糎砲被冒通常弾

 投稿者:はじろ  投稿日:2018年 5月 4日(金)17時10分42秒
返信・引用
  はじめまして。

数年前にこのHPを"発見"しブックマークしてから度々訪問しております。海軍とその戦術、兵器に関する基礎的なことから、学生の時に観ていた『坂の上の雲』撮影の裏側といったことまで、訪問する度に様々なことについて理解を深めさせていただくとともに楽しく拝読しております。

この度、気になる点がありましたので、恐縮ですがこの場をお借りして質問させていただきます。
本サイトの砲戦術史を拝読していたところ、明治40年代>砲戦の基本要素>弾薬>弾丸 の e.被帽弾 の項目において、被帽の用途は"弾丸の尖頭を保護してこれを装甲に食い込ませるもの"とありました。その後、砲術講堂>旧海軍の砲術>艦砲・弾火薬組合せ一覧 を眺めていたところ、三年式十四糎砲の項に"被冒通常弾"というものがあり、私は被帽という文字からこれを ある程度の貫徹力を持たせた通常弾 だと考えました。しかしながら使用信管を確認すると、特に遅動の記載が無い三年式信管と即動の一三式一号信管でした。ここで更に三年式信管について確認すると、四十五口径二十五糎砲徹甲弾にも使用されているとのことでした。
つまり徹甲弾にも使われている三年式信管は遅動信管であり、十四糎砲被冒通常弾はこれを使用することである程度の貫徹力を持つとともに、信管を一三式一号信管に換えることでHEとしても使用できるようにしたものだったのでしょうか?
それとも三年式信管は即動信管であり、十四糎砲被冒通常弾は貫徹力を持たないHEだったのでしょうか?(それとも即動信管を使用した場合でも被帽通常弾にはある程度の貫徹力は期待されていたのでしょうか?)
(長くなってしまい申し訳ありません...お聞きしたいのは被冒通常弾の被帽は何の為に装着されていたのかという点です。)
 

Re: RE:青島海軍航空隊

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 5月 3日(木)12時51分49秒
返信・引用
  閑居不善庵さん、いつもお世話になっております。

>幼少時代を青島で過ごした時に

それは凄い。 貴重なお話しをありがとうございます。

滄口基地は私が知り得た範囲では全く史料が残っていません。 いまでこそ市街の中ですが、
当時は周囲も含めて本当に野原だったようですね。 (飛行場でのスナップ ↓)

青島は上海に比べると大戦末期でもまだ静かだったようで、青島航空隊でも色々な行事などは
行われていたと聞いています。 ただ昭和20年の海軍記念日には空襲があって白菊などに
被害があったようですが。 (19年の海軍記念日での市中行進 ↓)


 

RE:青島海軍航空隊

 投稿者:閑居不善庵  投稿日:2018年 5月 2日(水)09時50分28秒
返信・引用
  父が青島の華北交通病院勤務の関係で幼少時代を青島で過ごした時に、父に連れられて5・6人の方々と飛行場というよりも野原の中に点々と置かれていた複葉の、いま思うと練習機の傍を乗用車で走りながら見た記憶があります。これが青島海軍航空隊だったのですね。
この時に初めて外国人を見ました。どのような経緯か分からないがそこの広い部屋に3人の外人が居て、日本語でしゃべっていました。
子供にも気やすく話しかける姿は、いま思うとドイツ人でなく陽気なイタリア人ではないかと思います。
他にも記憶にあるのは休日とか祝日などの日と思いますが、多くの白の長袖・制服姿の予備学生?の方々の姿を見かけました。敬礼をしたら紅白の饅頭を頂いたことも懐かしい思い出です。
青島海軍航空隊の名前を聞いて70年以上も前の遠い記憶が蘇りました。有難うございました。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 4月29日(日)18時29分34秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、『旧海軍の基地』コーナーに少し手を入れました。

新たに「高知」「滄口」「青島」「ウルシー」「エニウェトック」の5基地のページを公開すると
共に、併せて既存のほとんどのページで写真や図を追加しました。

新規及び既存の各ページとも、これくらいの内容があれば当初の目的を十分に充たすものと考えて
います。

また「滄口」「青島」の2基地については、ネットも含めてこれまでまず触れられたことの無い
ものですので、珍しいものと思います。

この2つは時々混同して記述されたものがありますが、それぞれ全く別の基地であり、「青島航空
基地」という1つの基地群の意味で使われたことはありません。

また滄口基地を原駐基地とする「青島海軍航空隊」と第三遣支艦隊の「青島航空部隊」とも別物
であることを明記しました。

特にこれら2つの航空部隊はアジ歴でも何故か混同されており、「アジ歴グロッサリー」で誤った
記述がなされていますので注意が必要です。

https://www.jacar.go.jp/glossary/term/0100-0040-0080-0020-0010-0020-0010.html

 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 4月15日(日)13時28分4秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、先週に引き続き『桜と錨の海軍砲術史』コーナーで明治40年代の砲戦術に
残りの項目を追加し、これにて同年代のものを完了しました。

ただしいくつかの項目、特に「射法」と「戦術」の2つについては大正中期の砲戦術まで進んだ
ところで全体の内容を見直す予定にしています。

前者については近代射法が芽生えたばかりであり、大正8年の『艦砲射撃教範』全面改定までは
それこそ日々進歩して変わりつつあり、また後者については秋山真之の『海軍基本戦術』『海軍
応用戦術』及び『海軍戦務』の3部作の影響が大きく、そこから離れられなかった面があります。

したがって明治40年代と期間を区切って述べることが大変に難しいものがあるためです。

準備ができ次第、次の大正初期の砲戦術の各項目に入りたいと思います。



 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 4月 8日(日)11時23分34秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、先週に引き続き『桜と錨の海軍砲戦術史』の『明治40年代』コーナーにおいて
『軍艦の速力』と『砲火指揮法』の2つの項を追加公開しました。

特に『砲火指揮法』については元海軍技術士官達のものした旧海軍関係では絶対に見られないもので
あり、一般の著作物でもまず無かったものでしょう。

また『戦艦及一等巡洋艦砲火指揮通信装置制式』については明治45年の内令兵第2号で制定された
ものは知られていますが、その元となった海軍砲術学校が起案した草案は初出のものと思います。

当時の砲術家たる用兵者がどのように考えていたのかをご理解いただければと思います。

 

ご来訪57万名達成 感謝!

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 4月 1日(日)22時32分7秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

嬉しいことに本日当サイトのご来訪が57万名を超えました。 こんなマイナーなテーマを扱う
サイトですが、多くの方々にご来訪いただいておりますことを感謝申し上げます。

今後とも少しずつですが時間をみてはコンテンツを増やして行きたいと思いますので、引き続き
末永くお付き合いいただけますようお願い申し上げます。

なお、次のキリ番企画につきましては暫く先のことになりますが、60万名の大台に乗りました
時に行いたいと考えております。



 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 4月 1日(日)14時24分24秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

先週に引き続き、先ほど『桜と錨の海軍砲戦術史』に明治40年代の続きで『軍艦の防御』の項を
追加公開しました。

用兵者側からする軍艦の構造についての見解は技術者のものとはまた別な面白さがあると思います。

併せてこれまでのもののレイアウトなどを少し修正すると共に、ご参考としていくつかのページに
艦型図を追加しました。

単に解説文や表だけではなかなかご理解いただけないところもあると思いますので、イメージ的に
掴んでいただくためです。

元にしましたのは旧海軍の様々な資料でも広く引用されています有名な『ブラッセイ海軍年鑑』の
当時の版です。


 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 3月25日(日)16時36分10秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

バタバタしておりまして1ヶ月ぶりの更新になりましたが、先ほど『桜と錨の海軍砲戦術史』に
明治40年代の続きで『軍艦の砲装』の項を追加公開しました。

まだまだ纏めきれないところがありまして、内容は今後修正していくつもりにしておりますので、
取り敢えずのものとお考え下さい。

とは言っても、度々申し上げておりますとおり、戦後になって元技術士官達などがものしてきた
ものとは視点が異なり、これまで巷で伝えられてきた話しとは異なったものがあることはお判り
いただけるのではないかと思います。


 

Re: 強行日程?

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 3月19日(月)15時25分53秒
返信・引用
  脇さん、こん**は。

ご紹介ありがとうございます。

今年も若人達の旅立ちの季節がやってきましたね。


 

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