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Re: 本格空母

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月14日(金)23時45分36秒
返信・引用 編集済
  キャプ専クックさん

>「新空母を建造し、海自の艦載機を搭載する」

海上における艦載機の運用を少しでも知る者なら皆そう思います。


>空母に着艦するのは

離発着は進入・離艦のパターンも含め、何度かやれば覚えるものです。
それにF-35Bは開発の初期からVTOL性能は極めて安定した機体です。

問題は、運用と操縦のセンスが海と空では全く異なることなんです。

空自のパイロット達は目標を視界内に捉えた後の格闘戦のレベルについては確かに高いものが
るようですが、基地を飛び立ってからその位置に行くまでは下からのタイトな管制を受けないと
自分では何も出来ないと言うことです。

これはF-2等でも同じです。地上が見え、動かない目標を視界に捉えなければ何も出来ません。

つまり海上戦には役に立たないということです。

旧陸軍と旧海軍のパイロットの差よりも今の方がもっと違いますね。 ですから先のレスで
“本土防空隊”に過ぎないと (^_^;


その上更に悪いことは空自が持っている変に高いおかしな“プライド”ですね。

つまり、要撃管制は空自の独占専有物だと (^_^)

イージス艦には米軍の教育訓練を受けて正式なIC(Interceptor Controller、要撃管制官)の
資格を持っているものが何人もおりますが、空自は共同訓練において絶対に彼等にやらせることを
しませんで、必ずその度に一々空自の要撃管制官が乗ってきてやります。 もちろん、私達から
見れば大したことはやってないのですが。

むしろイージスのIC機能をフル活用して彼等がやった方がよほどベターなんですけどね (^_^;


ついでに言えば、もう20年近く前から、年に何回か定期的にやっている空自機と艦艇との
対抗形式である海空訓練では、海自、特にイージス艦にとっては小学生か幼稚園児の遊びの
相手をしているようなもので何ら得るところはありません。

その大元は、空自が海上戦というものを何一つ判っていないということなんですが。

海空訓練の時に、その時間でイージス艦のCDC(昔のCIC)では何をしているかご存じで
しょうか?


 
 

Re: 本格空母

 投稿者:キャプ専クック  投稿日:2018年12月14日(金)20時02分53秒
返信・引用
  > No.4956[元記事へ]

桜と錨様、こん××は

えっ、空自機を乗せるのですか?知りませんでしたが、無理じゃないですか?
私は当然に海自の艦載機と思ってました。

それに空母での離着艦は相当の訓練が必要と聞いてましたし、STOVL機といえど、
広い大海の中の一点にしか過ぎない空母に着艦するのは海自専属で訓練しないといけない
でしょう。

「陸海空という従来の発想から脱却し、・・・」という発言があったようですが、空自が
間借りするような運用を考えているとは信じられません。

そんなのんきなことを言えるのも、現在まがりなりにも平和だからでしょう。

私個人としては「新空母を建造し、海自の艦載機を搭載する」と主張します(`へ´#)。


 

Re: 本格空母

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月13日(木)22時49分4秒
返信・引用
  > No.4955[元記事へ]

キャプ専クックさん

仰るとおりで、全くの同感です。

ただ、改造の詳細はまだまだのようですが・・・・

産経新聞などの報道によりますと、いわゆる空自機に“背中を貸すだけ”ともされています。
となると、本格空母に改造どころか極めて中途半端なものになりそうですね。

海幕・技術研究本部のこの辺のセンスの無さは「おおすみ」型の全通甲板型以降で証明済みです。

それ以上に、単なる“本土防空隊”でしかない空自のパイロットは、自分でまともに海の上を
飛ぶこともできませんし、ましてや自分で目標を探して攻撃するなどはとてもとても (^_^;


 

本格空母

 投稿者:キャプ専クック  投稿日:2018年12月13日(木)20時19分56秒
返信・引用
  桜と錨様、こん××は

ニュースで聞きかじると、護衛艦「いずも」を本格的な空母に改造することが決まりそう
ですが、本気なのでしょうか。

このご時世、空母を持つこと自体必要かと思いますが、なにも改造しなくても新造する方
が効率的なのではないでしょうか。

そもそも「いずも」は将来的に空母改造を視野に入れて建造されていたのですか。
素人考えですが格納庫はもちろん、エレベーターや飛行甲板の強度など大幅な改造が必要
に思えるのです。

少しは経費の節約になるのか、あるいは国民の拒否反応を和らげるため改造にするという
政治判断なのかわかりませんが、兵器としての性能を考えると、当初からの設計による建
造がはるかに良いと思いますけど。

それに、「かが」ならともかく「いずも」を空母にと言われてもですねえ(^_^;)
 

Re: 飛行基地?

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月12日(水)21時02分7秒
返信・引用
  脇さんへ、こん**は。

>東広島の田んぼの中に

いいですねえ。 火薬で打ち出して、ネットで回収ですね (^_^)

 

飛行基地?

 投稿者:  投稿日:2018年12月12日(水)15時59分47秒
返信・引用
   こんにちは。
東広島の田んぼの中にもあります・・・(*^。^*)です。

http:// 

 

Re: 飛行基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月11日(火)10時42分24秒
返信・引用
  > No.4951[元記事へ]

キャプ専クックさん

>「海軍航空隊可部基地匿名国安牧場」

その様な内容で旧海軍から村には指示が出たのかもしれませんね。

ただ、ご存じのとおり旧海軍における航空基地の正式な名称は「○○(海軍)航空基地」です。
部内文書としては「海軍」を省く場合が多いですが。

この正式名称が付けられて初めて旧海軍において公式の航空基地として取り扱われることになります。

可部と同様な中国・四国地方の分散・秘匿基地でも「第二徳島航空基地」や「第三高知航空基地」の
様に正式名称が文書として残っているものもあります。



 

Re: 飛行基地

 投稿者:キャプ専クック  投稿日:2018年12月11日(火)09時06分59秒
返信・引用
  > No.4950[元記事へ]

桜と錨様、こん××は

確かに史料などは残っていなさそうですね。
町史では「海軍航空隊可部基地匿名国安牧場」を作れと秘密指令で村長に申し渡しが
あったとありますが、おそらく正式な書類は進駐軍を恐れて処分されたのでしょう。

また、平面図などを見ると今の国道54号を含んで幅40m、長さ1,200mの滑走路
だったとか。戦後元の状態に戻されたそうですが、そのままにしてあればのちのち国道の
拡幅に悩むことがなかったのでは(^_^;)

私も気をつけて見ているのですが、残念ながら今では飛行場の面影は全くありません。
ただ、国道が不自然なほど直線になっているところがそれらしいと言えば言えるかと。
 

Re: 飛行基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月10日(月)23時15分56秒
返信・引用
  キャプ専クックさん、こん**は、ご紹介ありがとうございます。

ここはネットでも史跡ガイドや郷土ガイド的なところ、あるいは「飛行場」と名の付くところ
全てを扱うところでは割と知られている基地ですね。

可部は旧海軍の基地ですので、データが揃えば分散・秘匿基地といえども例えば「第三高知」の
ように当方サイトのリストに加えたいと思いますが、残念ながら日米とも公的なものが全く無い
ところです。

何しろ、正式名称でさえ「可部」なのか「国安」なのか、あるいは所在地名の「下根」なのかも
不明です。


 

飛行基地

 投稿者:キャプ専クック  投稿日:2018年12月10日(月)21時03分28秒
返信・引用
  桜と錨様、こん××は。

いつも興味深く見させていただいてますが、今回掲載された『中国四国地方所在の旧陸海軍航空基地』に関連し
て思い出したことがあります。

私の家のすぐそばに戦時中に飛行機の格納庫跡があり、子供の頃にはそこから国道まで出る道を
「誘導路」と呼んでいました。当時は意味もわからず「ユードーロ」と言っていました(^_^)

又、当時の年寄りから「あそこには二枚羽根の練習機があって、敵機の来そうなときはすぐに隠していた。
まあ、こんなところで隠れているようじゃ勝てるわけないよのう」と聞かされたこともあります。

実は半信半疑でしたが(家族は呉で父は外地でしたので、知らなかったそうです)、我が町の「町史」に詳細があり、
名称を「海軍航空隊可部基地」といい、言わずと知れた特攻機の飛行場です。
しかしながら、使用する飛行機が複葉九三式の練習機を当てたとあるのでとても戦果など望めそうもありません(^_^;)

また、可部基地とは言いますが場所は今の安芸高田市内です。
ただ、完成直後に終戦となって飛行訓練だけで終わり、飛行機は原隊の峯山航空隊に空路帰還したとか。

もちろん、管理人さんがお載せになるような基地などではありませんが、各地にこのような小規模の基地を
分散させて何とか秘匿しようとしていたのでしょうね。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月10日(月)00時44分14秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

年末でバタバタしており更新が滞っておりましたが、やっと仕事関係は一段落しましたので、
何とかコンテンツの追加を。

今週はこれまでに続き『旧海軍の基地』コーナーに『中国四国地方所在の旧陸海軍航空基地
一覧』ページを追加しました。

この地方は旧陸軍関係は6飛行場しかありませんで、ポップアップ・データの作成はその分
楽です (^_^;

なお、前回同様に戦後も航空基地として残っている(いた)旧陸軍の3個所については概説の
欄で『航空路図誌』からのものをご紹介しています。

特に旧高松空港は移転直前のものですので、今となっては珍しいと思います。

このコーナー、次は順番で九州地方を考えていますが、ここはちょっと面倒くさいですね (^_^)


 

Re: 世代交代

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月10日(月)00時41分25秒
返信・引用
  脇さん、こん**は、ご紹介ありがとうございます。

>14号 ・・・(*^。^*)です。

私達の時は11号しか無く、その後技術研究本部の実験船を無理矢理押しつけられたのが
12号でしたが、あれから45年以上経って14号ということは・・・・ですね (^_^)

それにしてもスタイルはもう少し斬新な見栄えのするものにできなかったのでしょうか。

 

世代交代

 投稿者:  投稿日:2018年12月 8日(土)08時49分16秒
返信・引用
   こんにちは。
14号 ・・・(*^。^*)です。

http:// 

 

Re: 再び

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月 4日(火)12時06分11秒
返信・引用
  戸田S.源五郎さん

大変申し訳ありませんが、今になって拙稿記事を要約されて “こういうことか” と言われましても
・・・・ (^_^;

当該記事は電纜敷設艇について解説したものであり、記事に書いたとおりです。

そして本ブログでお答えしてきましたことは、電纜敷設及び特設艦船についての旧海軍の考え方を
ご説明したものです。



 

Re: Re^2: 釧路不時着陸場について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月 1日(土)15時45分36秒
返信・引用
  > No.4940[元記事へ]

TRONさん

>函館の陸軍赤川飛行場

赤川については、米軍地図にもあるところですが、肝心な旧陸軍史料はもちろん、戦史叢書ではその
名称さえ出てきませんので、終戦時までにどの程度のものであったのか不明です。

そもそも正式名称が「赤川陸軍飛行場」であったのかさえ判りませんので、更なる詳細が判明するまで
保留としております。

したがって、ここも当方のリストから “抜けている” のではなくて “入れていない” ところの
一つです。

そういう意味では、そろそろ「苫小牧」を入れてもいいのかもしれませんが・・・・

旧陸海軍の航空基地、特に旧陸軍のものについてはまだまだ判らないところばかりです。

皆さんから情報を頂きながら少しずつ、というところですね。

 

Re: Re^2: 南大東島基地について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月 1日(土)12時16分6秒
返信・引用
  TRONさん、こん**は。

>(陸軍)徳之島第二

はい、米軍資料のリストには出くるものの、地図に第一はありますが第二はありませんね。

>石垣島の海軍第一(北)航空基地

第一石垣は海軍の航空基地ですので一応当方のリストにも挙げる予定でおりますが、ここも
データが極端に少ないところの一つですね。 終戦時までに完成していたのかのどうかも含め
その状況についてはほとんど判りません。

それにしても、よくお調べになっておられますね (^_^)


 

Re: 電纜庫

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年12月 1日(土)11時16分59秒
返信・引用
  > No.4938[元記事へ]

戸田S.源五郎さん


どのようにお考えになられるのかはご自由ですから、それはそれで全く構わない話しですね。

いずれにして、ありがとうございました。 私としても勉強させていただきました。

 

Re^2: 釧路不時着陸場について

 投稿者:TRON  投稿日:2018年11月29日(木)22時16分51秒
返信・引用
  > No.4937[元記事へ]

桜と錨さん、早速の返信ありがとうございます。

愛国釧路飛行場の件、了解です。
ただ、昭和22年の米軍空中写真には格納庫?や走行跡が見えるので、何らかの形で
維持はされていたように見えます。
釧路市史にも敗戦までの扱いについては特に記載がないので、釧路に行く機会に
市史編さん室や教育委員会等に問い合わせようかと思います。

> 終戦時までに数多くのものが建設又は建設中で
> あった急造の単なる滑走路のみ(Air Stripなど)の応急、臨時的なもので、データが揃って
> いないものは基本的に省略することとしております。

貴HPの掲載基準については、先にも書きましたとおり了解です。
ただ、函館の陸軍赤川飛行場については、米側の史料と函館市史にも記載があります
ので、参考までに、米軍偵察写真と戦後(昭和23年)撮影の空中写真を合成したもの
をお送りします。
 

Re^2: 南大東島基地について

 投稿者:TRON  投稿日:2018年11月29日(木)21時59分59秒
返信・引用
  > No.4936[元記事へ]

「桜と錨」さん、早速の返信ありがとうございます。
個々のHPの記載基準については、当方が口出しすべきことではないので了解です。

> 今当方サイトの航空基地一覧ページ用に南西諸島のコンテンツ作成の準備に入ったところですが、
> この南西諸島はよく判りません (^_^;

参考までに(既にお手元にデータはあるかと思いますが)、当方が南大東島の飛行場
に最初に興味を持つこととなった、昭和19年米軍作成の南大東島見取り図と南西諸島
の飛行場一覧を添付します。

南西諸島飛行場一覧については、米軍側も結構混乱しているようで、徳之島や沖縄本島
の飛行場の識別がごちゃごちゃになっています。
特に(陸軍)徳之島第二については、戦史叢書などでは第一飛行場の南方(瀬滝地区)
に建設を開始したものの昭和19年8月に工事中止という記載も見えますが、米軍の飛行場
一覧には載っているなど(戦後の空中写真にもそれらしき地形が見えなくはない)、
どういう状況だったのかよく分かりません。(苦笑)

むしろ宮古島や石垣島(海軍第一を除く)の方が戦時中の写真や施設配置が結構公開
されていて、分かり易いくらいです。
但し、石垣島の海軍第一(北)航空基地については、戦後の空中写真から、場所と民間
飛行場時代の地割は判読できるのですが、肝心の海軍時代/戦時中の写真が全く見つ
からず、お手上げ状態です。

くどくどと続けてしまいましたが、南西諸島方面の史料整理頑張ってください。
 

電纜庫

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2018年11月29日(木)19時11分8秒
返信・引用
  管理人様

いろいろご教示いただきありがとうございました。
こういうことは、一人でいろいろ調べるより他人様の意見とか見解を聞くと、それに対する反論とかその裏付けも踏まえて文献を当たることになりますので非常に効率的です。
今回のやりとりで普段は外見しかみなかった、電纜敷設艇の内部(電纜庫)まで調べる機会に恵まれましたし、海軍の言う電纜と電線の定義も見つけることができました。海底電線の直径とか電纜の直径とか普段何気なく見ていたものも今後注意深くみるようになると思います。電纜敷設艇か海底電線を敷設できないこともはっきりしましたし、電線敷設船か管制機雷を敷設できないこともはっきりしました。今現在の知識ではこれ以上とうてい管理人様には太刀打ちできないので、ひとまず退散いたします。力をつけたら再度門を叩きますのでその節は宜しくお願い致します。
最後に一つ新たに気づいたことだけご報告します。特設電線敷設船の戦時日誌を読んでいるとこれらが積み込んだり敷設するのは「電線」なのですが、それを積み込む先は電「線」庫ではなく電「纜」庫です。そして機関科が所掌する部分では同じものを電「纜」と書いています。さすがに機雷科の人たちは教科書を良く勉強しているようです。

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

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