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Re: あら不思議 潜水艦に 艦番号

 投稿者:  投稿日:2019年 4月13日(土)08時38分21秒
返信・引用
  > No.5076[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

> 最近では珍しい・・・

 こんにちは。
10日のNHK?ニュースで初めて知ったので、10日に入港したのかと思って
いたのですが、実際は9日の午後呉に入港したそうです(^_^;)。

式典終了後には艦番号を塗りつぶすみたいですが、私がたまたま撮影した画像は
翌々日の11日ですから、あるいは、岩国沖あたりでPR画像?とかの撮影??が
あったのかも???・・・(*^。^*)です。

と、式典が午後というのも・・・
百貫島あたりで仮泊し、時間調整をしながら翌日10時くらいの式典に合わせる
のですが・・・
 
 

Re: あら不思議 潜水艦に 艦番号

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月12日(金)21時06分3秒
返信・引用
  > No.5075[元記事へ]

脇さん、こん**は。

>潜水艦の艦番号

最近では珍しいですね。 神戸から呉への回航ですからそのままだったんでしょうね。

でも、内海を水上航行のまま来たんでしょうか?

 

あら不思議 潜水艦に 艦番号

 投稿者:  投稿日:2019年 4月12日(金)08時22分50秒
返信・引用
   こんにちは。
潜水艦の艦番号は就役後?には塗りつぶすものだと
思っていたのですが・・・

一昨日に呉配属となった「しょうりゅう」を、昨日の16時ごろ、
宇品沖・天応沖・吉浦沖で見ました。

ラッキー~~~・・・(*^。^*)でした。
 

Re: ありがとうございました

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月 9日(火)15時31分41秒
返信・引用
  > No.5069[元記事へ]

おじかさん

>「レーダ技術」は難しい内容でしたが、なんとか全部読むことができました。

それは良いですね。

こういう基礎をキチンと押さえると、2月の防衛省の最終見解で示された捜索用レーダーと
FCレーダーの説明、あるいは元自衛艦隊司令官だった海自OBがTVで「20年前の
レーダーは常識的には1000m以内の距離は測れない」などと言ったことなどが、
如何に肝心なことが抜けている的外れなことかがお判りいただけるかと。

 

Re: US Naval Gun Factory W.N.Y. 1907 (つづき)

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月 8日(月)21時21分18秒
返信・引用
  IWA さん、こん**は。

ありがとうございます。 今日家内と一緒に平成最後のお花見に行ってきました。


ところで、須磨丸、日本側の記録を見る限りでも徴用はされていなかったようですね。

したがって、砲も引き揚げて民間で使用した時も、改めて装備したのではなく、元からあった
ものをそのままにしていたんでしょうね。

なお米海軍における中小口径砲の呼称法では、「Mount」とは「砲脚」の事ではなく、砲全体の
ことです。

つまり、当該図全体が「3in Mount Mk 4」で、砲脚、砲架、砲鞍、砲身、及び付属の機器、装置
の一式を包括したものを意味します。

そして砲身の「3in 50cal Mark 3 Gun」とは、まさにこの図での“砲身のみ”のことを示します
のでご留意下さい。

 

US Naval Gun Factory W.N.Y. 1907 (つづき)

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 4月 7日(日)23時53分45秒
返信・引用
  桜と錨さん こんにちは。 お名前が一番似合う季節ですね。 呉の造船所にいた時に、岸壁で艤装中の大和なみの大きさのタンカーのマストにひとり登って、ぐるりと一周呉の桜を見てました。振動計測のピックアップを据えていたものです。そしたら桜の花びらがヒラヒラと飛んできて、一番近い桜の木からも数キロ離れてしかも空の上でびっくりしました。誰か何か言いたいのかしらと思ったものです。

マリリ川の船骸、その後分かったこと報告します。機関車やえもんみたいな話でした。

この船は、オランダ船ドッガーバンク(Doggersbank)、1933年建造、309総トン、ロイド船籍でした。
1938年にKPM汽船会社が買収し、売主がドッガーバンクを、自航でオランダ東インド諸島に回航した。  KPM汽船は船の名前をサマラン(Semarang)に変更。
1940年5月 オランダ本国はナチスドイツに降伏。
1942年1月11日 日本軍がタラカン島へ上陸、蘭印作戦を開始。
1942年1月、オランダ王国海軍の命令でスラバヤの警備のための哨戒艇 Hr.Ms. Semarang とした。
1942年2月27・28日 スラバヤ沖海戦。軽巡デ・ロイテル沈没。カレル・ドールマン少将戦死。
1942年3月2日にスラバヤで、海軍司令官の命令で日本人による拿捕を防ぐため自沈した。
1943年7月21日に船を日本人が浮揚し、修理して須磨丸として運行した。
1944年10月26日、最終的にマリリ(ボニ湾の北海岸、セレベス)で連合軍の空襲で沈没した。 (この連合軍はオーストラリア空軍らしいです。レイテ沖海戦の最中で、マニラへの燃料輸送を総力で阻止しようとしていた。)
1945年の終わりにマリリ川で大破状態であって、全損と記録した。
1951年12月 船籍抹消。

砲の由来は相変わらず不明です。1942年1月にスラバヤでオランダ海軍がつけたかもです。
NIMH(Dutch Institute of Military History)にGoogle翻訳して聞いてみようとしてます。また続報します。
 

Re: 花見酒 出船入船 織り交ぜて

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月 7日(日)11時43分38秒
返信・引用
  > No.5070[元記事へ]

脇さん、こん**は。

>津久茂瀬戸に奇妙な色彩が見えたので

こういうものはやはり人が掲げないと、ですね。
船側からすれば“単なる看板の一つ”に過ぎませんので (^_^;

昔佐世保にいた時、向後崎のところの民家から船が出港する度に旗を振ってくれた
ところがありました。 こういうのは船側も嬉しいものです。

こちらも上甲板や艦橋にいる乗員で帽振れで応じるのですが、中にはわざわざ
艦内から出てくる者もおりました。 相互の気持ちの問題ですね。


 

Re: 花見酒 出船入船 織り交ぜて

 投稿者:  投稿日:2019年 4月 7日(日)08時50分24秒
返信・引用
  > No.5068[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

> 写真を・・・

 こんにちは。
どうぞ、お好きにお使いいただければ幸いです。


先日、津久茂瀬戸に奇妙な色彩が見えたので目をこらしてみると・・・

マニアのだれかが使い、そのまま投げ捨てているんだろうとおもっていた
のですが、仔細が江田島市広報4月号に堂々と記載されていました。

必要な時に出し、普段は何事もない状態に戻すのがよろしいかと思うのですが・・・
これも、まあ、多様性の時代ってことなんでしょうね。

ご賛同の方は江田島観光の周遊地として
         是非ともお立ち寄りください・・・(*^。^*)です。
 

ありがとうございました

 投稿者:おじか  投稿日:2019年 4月 6日(土)11時37分0秒
返信・引用
  「レーダ技術」は難しい内容でしたが、なんとか全部読むことができました。


内局の「官僚」について、海軍経理学校出身の瀬間喬氏が、海幕厚生課長(?)当時の話として本に以下のようなことを書いていました。


内局:海上自衛隊では「外出」のことを「上陸」と言っている。こんな「特殊な用語」を使っていれば、自衛隊も特殊だと思われるから言葉から改める必要が・・・云々


シビリアンコントロールだから現場の制服より、素人の官僚のほうがエライんでしょう。


父親が予備学生出身で兵学校の数学教官だったという、元大蔵省の主計官も「時代遅れの装備」をどうやって知ったのでしょうか。

 

Re: 花見酒 出船入船 織り交ぜて

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月 6日(土)09時55分31秒
返信・引用 編集済
  > No.5067[元記事へ]

脇さん、こん**は。

>私の個人的な美意識としては統一したほう

ご紹介ありがとうございます。 いや~、これは酷いですね。

旧海軍の時代からこういうみっともないことは絶対にやってはダメと躾けられ、
“潮気が抜けている”と叱られたものですが。

やっぱり内局の役人お気に入りの“制服を着た能吏”達が階級だけ上がって
現場に出てくるとこういうことになるのでしょうね。


ちょっとこの写真を使わせてください m(_ _)m


 

花見酒 出船入船 織り交ぜて

 投稿者:  投稿日:2019年 4月 6日(土)08時21分32秒
返信・引用
   こんにちは。
私の個人的な美意識としては統一したほうがよろしいかと思うのですが・・・

串山公園からの美観や運用面的に・・・どっちがどっち???・・・(^_^;)です。
 

Re: 艦隊入港?

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 4月 5日(金)16時58分36秒
返信・引用
  脇さん、こん**は。

>格納庫がパックリと見えるのは、

(^_^)


「はかたぜ」も「しまかぜ」も古いミサイルを射耗するためにもう少し使うんでしょうね。

昔「あまつかぜ」が大量に在庫のあるヘッジホックの実弾と演習弾を射耗するために改装の
際にもこれを降ろさず、バカバカ撃たされましたから (^_^;
 
 

艦隊入港?

 投稿者:  投稿日:2019年 4月 5日(金)08時53分18秒
返信・引用
   こんにちは。

じつは・・・お尻フェチ・・・(*^。^*)なのです。

でも、近年の格納庫がパックリと見えるのは、ちょっと・・・
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月31日(日)23時25分32秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新はお休みさせていただいて、その代わりブログの方で海自のシステム艦の話しを
連載いたします。 今日はその第1回目をUPしました。

http://navgunschl.sblo.jp/article/185765950.html

ブログの方ではこれまでに対艦ミサイル防御のことや、海自初の国産システム艦といわれる
「はつゆき」型についてなどのことをお話ししてきております。

ある程度纏まりましたら、こちらの「現代戦講堂」コーナーに入れたいと思っています。

また、ブログの方では省略いたしました各ミサイル・システムの詳細などについても、
機会をみて、こちらでお話しできればと考えています。

 

(無題)

 投稿者:大久保信昭  投稿日:2019年 3月24日(日)17時46分34秒
返信・引用
  堤 先生


ありがとうございました。

 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月24日(日)16時42分42秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

先週の更新はちょっと欲張りすぎましたので (^_^)、今週は引き続き『旧海軍の基地』
コーナーにマリアナ諸島のパガン島にあった「パガン航空基地」を1つだけ追加しました。

とは言っても、この基地、元々が不時着陸兼中継基地用として建設され、また大戦中も
その様に運用されたこともあり、全容はよく判りません。

したがって、ちょっと図・写真などは少ないものとなりました。

なお併せて、HN「かず」さんからお尋ねのあった串良基地について、折角の機会ですので
地図及び写真について更新しました。


 

Re: 戦艦武藏の公試運転中の写真に

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月24日(日)16時40分17秒
返信・引用
  大久保信昭さん、こん**は。

>左舷甲板上、三番副砲塔の前に構造物が確認出来ます。
>これは何に使用するものでしょうか。

仮設の水タンクですが、一般には公試時に乗艦する工員などのためのものとするものが
ありますが、公試におけるバランス調整用のためのものなのかどうか、正確なところは
不詳です。

なお、副砲は左舷が二番、右舷が三番ですね。

 

戦艦武藏の公試運転中の写真に見える構造物について教えて下さい。

 投稿者:大久保信昭  投稿日:2019年 3月24日(日)15時02分37秒
返信・引用
  昭和17年に撮影された戦艦武藏の公試運転中の写真に左舷甲板上、三番副砲塔の前に構造物が確認出来ます。

これは何に使用するものでしょうか。



是非、御教授お願い致します。
 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:かず  投稿日:2019年 3月24日(日)00時46分8秒
返信・引用
  > No.5057[元記事へ]

了解致しました。

ありがとうございます。
 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月23日(土)11時50分23秒
返信・引用
  > No.5055[元記事へ]

かずさん

アジ歴では、例えばキーワード検索で「串良 基地 図」などで検索されると
いくつか出てきますね。

 

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