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Re:坂の上の雲Ⅱ

 投稿者:閑居不善庵  投稿日:2020年 5月 7日(木)09時18分59秒
返信・引用
  この話は嶋田繁太郎が戦後に、海上自衛隊のパーティで乾杯の音頭を取ったことに対して井上成美が、このような場に出て乾杯の音頭を取るとは・・と怒ったと聞いています。       嶋田繁太郎が怒ったのではなく、井上成美が嶋田繁太郎の行為を怒ったということです。  
 

Re: 大分航空基地跡地について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 6日(水)23時20分5秒
返信・引用
  > No.5324[元記事へ]

おそまつさん

お知らせありがとうございます。 早速拝見させていただきました。

旧海軍基地の現状については、なかなか直接現地に足を運んでというのは難しいものが
あります。

そちらでの調査に当方の記事が何某かのお役に立てたのでしたら望外の幸甚です。
 
 

Re: 坂の上の雲 II

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 6日(水)23時13分55秒
返信・引用
  IWAさん、こん**は。

>1958年の第一回の遠洋練習航海のこと

第1回の遠航は第7期が昭和32年10月に幹部候補生学校を卒業した時にはまだ調整中で、
7期生は卒業後に鹿屋での航空実習、その後LSSLでの乗艦実習などがあり、遠洋航海実施が
決定して翌33年1月14日の鹿島立ちの時に晴海で壮行会が行われたと聞いております。

とすると、嶋田繁太郎が怒ったというのは何時の時なのか・・・・?

いずれにしても、何が原因・理由であれ、大勢の面前で旧海軍の長老が現役を怒ったというのが
事実でしたら、どうなんでしょう? ちょっと大人げないというか、常識に欠けるというか。

もし後年の私達の時になってそう言うことがあるとしたら、現役総員から総スカンをくらって
いたでしょうね(^_^)

詳しいお話しがお聞きできるのを楽しみにお待ちしております。


 

大分航空基地跡地について

 投稿者:おそまつ  投稿日:2020年 5月 6日(水)19時33分30秒
返信・引用
  初めまして、おそまつと申します。
この度、「海軍砲術学校」様のリンクを、私のブログの記事に貼付させていただきました。
当該記事のURLは次のとおりです。
http://osomatsu09.blog67.fc2.com/blog-entry-3.html?sp

内容は大分航空基地の跡地の探訪記です。
現地での散策及び記事の作成の祭には、「桜と錨」様の記事に大変助けられました。
この場を借りまして、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
 

Re: 坂の上の雲 II

 投稿者:IWA  投稿日:2020年 5月 5日(火)22時27分17秒
返信・引用
  桜と錨さん
ありがとうございます。

この話、何となく思うに、1958年の第一回の遠洋練習航海のことで、怒られて青ざめて話を後世に伝えたのは 中山定義・練習隊群司令かなあと思うものです。
当時、嶋田繁太郎は75歳、井上成美は69歳です。62年前の話です。海上自衛隊も歴史を重ねていきますね。
 

Re: 海軍魚雷発射の略称について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 5日(火)09時39分52秒
返信・引用
  > No.5321[元記事へ]

Gay Showさん

>連合艦隊戦策 第1巻 戦闘編」(昭和18年)の38頁にも

先にも申し上げたように、“この種文書は当事者が判ればよい”ということで様々な略語が
使われますが、本文書もその一つです。

「肉薄襲撃」に対抗する用語として、この「O発射」は九三式魚雷が実戦化されて以降に
言われ出した昼戦における「遠距離隠密発射」の方法を夜戦に活用する「隠密発射」と
推定されますが、その定義は書かれておりませんので判りません。

この用語の定義が書かれた文書が見つかりましたら、ここでもご紹介下さい。



 

Re: 海軍魚雷発射の略称について

 投稿者:Gay Show  投稿日:2020年 5月 4日(月)23時05分24秒
返信・引用
  > No.5319[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。


> ご指摘の文書は私は見たことがありません
防研で撮影した史料なので許可なしで写真を載せられなくて申し訳ありません。

気付けば同じく那智史料で、「史料展示室」でも公開されている「連合艦隊戦策 第1巻 戦闘編」(昭和18年)の38頁にも「O発射」の表現がありましたね。どうやら「肉迫襲撃」ではないようでこの時機に特有の略語なのでしょうかね。
 

Re: 坂の上の雲 II

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 4日(月)22時37分42秒
返信・引用
  > No.5318[元記事へ]

IWAさん、こん**は。

>「坂の上の雲 II」

いいですねえ、楽しみにしております。

>「周囲が青ざめるほど怒った」

申し訳ありません。 ちょっとこれは何時の時の話しなのか判りませんので・・・・


 

Re: 海軍魚雷発射の略称について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 4日(月)22時26分58秒
返信・引用
  > No.5317[元記事へ]

Gay Showさん

>S、K、O発射といった三つの略称の意味

残念ながら存じません。
私の手持ちの旧海軍資料及び戦後関係者が纏めた部内資料などにもありません。

ご指摘の文書は私は見たことがありませんし、この種文書は水雷関係だけではなく旧海軍の
全てについて“当事者が判ればよい”ということで様々な略語が使われますが、ほとんどの
場合正式用語ではありません。

それに、単に「発射」と言いましても様々な区分け、使い方あります。

発射訓練ですと、「教練発射」「戦闘発射」「研究発射」の3区分があります。

また、魚雷の発射法、射法、及び戦術(雷撃法)でも様々な「発射」の用語が使われており
ます。 例えば、散布帯の構成種別では「開進射法」「並進射法」「集散散布帯射法」が
あります。

細部についてはサイトで公開しております『魚雷戦の基礎』をご覧下さい。

したがいまして、お尋ねの内容のみではこれらの何を示すのかは判りかねます。





 

坂の上の雲 II

 投稿者:IWA  投稿日:2020年 5月 4日(月)20時44分36秒
返信・引用
  管理人さん こんにちは。
 私はもともと三疎なもので、バックログの宿題も模型もありで、いいことも作らないと思って
無難に巣ごもりしております。いかがお過ごしですか?
(質問)
 井上成美伝みていますと、嶋田繁太郎/元海軍大臣兼軍令部総長が、江田島の術科学校の練習艦隊壮行会で乾杯の音頭をとったの聞いて「周囲が青ざめるほど怒った」とあります。この怒られて青ざめた人というのは、術科学校の校長先生だと思ってよいのですか?
 私、東郷平八郎の’連合艦隊解散の辞’以降の海軍史のノンフィクションを書いておりまして、題名は「坂の上の雲 II」にしようと思っています。最終章は米内光政が昭和天皇から硯を貰って泣くところで、最終章からさかのぼって書いています。
 

海軍魚雷発射の略称について

 投稿者:Gay Show  投稿日:2020年 5月 4日(月)15時42分51秒
返信・引用
  桜と錨様

こんにちは。
来訪者数66万名突破おめでとうございます!

最近海軍の水雷術関係の史料を読んでいますが、S、K、O発射といった三つの略称の意味がわからなくてお伺いしたいです。

まずは海軍水雷学校の「昭和十六年度戦闘発射成績並に所見」という史料です。前後の文脈からS発射は巡洋艦の遠距離隠密発射(Sは「深度」の略称?)と推測しますが、K発射は巡洋艦単独(甲種戦技)、巡洋艦と水雷戦隊の協同発射(乙種戦技)など二種類あります。さらに昭和16年の乙種戦技では最大照準距離28000米のK発射が行われ、S発射との区別が付きません。

次に昭和18年に作成された「第二艦隊水雷戦隊戦策」という返還史料では、水雷戦隊のO発射という言葉は何度も使われました。これは「肉薄雷撃」と勝手に推測しますが確証はありません。

長文となってしまい申し訳ありません。ご教授いただければ幸いです。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 3日(日)12時28分37秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、『現代戦講堂』の『対空戦・TMD』コーナーに『海自の対空射撃
標的』の項を新設し、取り敢えずかつての低速標的機 KD2R の概要を公開しました。

海上自衛隊では艦艇の対空射撃訓練及び追尾訓練用として KD2R-3、-5、続いて
-5改 を導入して使用しましたが、平成15年には全て退役しております。

内容としては大変にマイナーなものではありますが、こういうものも残しておかないと
いずれは忘れ去られてしまうでしょうし、それにネット上でもまず見かけません。

あ~こういう物もあったのか、ということでお楽しみ下さい。

 

「6」のぞろ目賞やります

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 5月 2日(土)11時48分29秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

本日嬉しいことにご来訪66万名となりました。こんなマイナーなテーマを扱う
サイトですが、多くの方々に見ていただいておりますことを感謝いたします。

そこで感謝企画なんですが、

折角ですので、少し先になりますが「6」のぞろ目で行いたいと思います。
(と言いいますより、66万名での準備ができていなかったのですが(^_^; )

ぞろ目賞と記念企画での新規コンテンツ公開を予定いたします。

何か“こんなものを”というご要望がございましたらお聞かせ下さい。
まだ少し余裕がありますので準備したいと思います。


 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 4月26日(日)09時12分1秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、『懐かしの艦影 戦後編』のページで、先週公開した「ある日の呉」の
続きとして、潜水艦の写真6枚を追加公開しました。

米海軍から貸与された「くろしお」の後、海自が潜水艦を自前建造して何とか勢力を増勢
しようとしていた頃のものです。

もちろん今では全て除籍になって久しいものばかりですが、約半世紀前の呉の潜水艦桟橋の
雰囲気も含めてお楽しみいただけたらと思います。


海自潜水艦の写真についてはこの他にもありますので、機会を見て追々追加公開する予定に
しています。

 

Re: コロナ退避

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 4月23日(木)18時44分52秒
返信・引用
  > No.5312[元記事へ]

脇さん

>色落ちし船体にも微妙な歪が見られるようになると、なかなか良い感じが

(^_^)

確か似たような船が芦ノ湖にもありますね。 淡水用ですから長持ちする?


 

Re: コロナ退避

 投稿者:  投稿日:2020年 4月23日(木)08時32分59秒
返信・引用
  > No.5311[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

> これって佐世保の九十九島に・・・

 こんにちは。
九十九島の桟橋?で見たときは、けばけば感が強くカメラを向ける
気にもならなかったのですが、色落ちし船体にも微妙な歪が見られ
るようになると、なかなか良い感じが・・・(*^。^*)です。


 

Re: コロナ退避

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 4月22日(水)22時17分29秒
返信・引用
  > No.5310[元記事へ]

脇さん、こん**は。

これって佐世保の九十九島にあったやつですか?

走錨というより、その前にバラバラになりそうな(^_^;


 

コロナ退避

 投稿者:  投稿日:2020年 4月22日(水)14時14分43秒
返信・引用
   こんにちは。
セカンドハウスにいかがですか?
ただし、走錨対策等については不明・・・(^_^;)です。
 

Re: 走錨について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2020年 4月22日(水)11時00分51秒
返信・引用
  劔さん、こん**は。

よく調べておられますね。

海軍が必要とする給糧艦の全てまでを自前で建造することは不可能ですし、不経済・不効率
です。

したがって、「間宮」が欠でも艦隊は不自由であれ、演習が不可能なわけではありませんし、
ましてや戦時にその様なことは言っておられません。

ですから、旧海軍には特設艦船の制度があるのです。


錨鎖の切断はこれも例の無いことではありませんで(というより結構あります)、「間宮」の
場合も単に風圧と機械の使用が原因だけではなく、切断当該個所の錨鎖のリンクの不良もあり
得ます。

例えば、私のブログで公開している森栄氏の回想記『聖市夜話』中で「朝顔」が三亜の海岸で
錨鎖切断により座礁した話しが出てきます。

ですから、現在の海自でも常に揚錨の時には、必ず錨鎖のリンクの一つ一つ全てをハンマーで
叩いてその音により亀裂などが生じていないかを確認しており、また定期修理においては入渠
時に全錨鎖をドック内に降ろして検査をします。

それでも錨鎖の切断の可能性はあり得るわけですが。


 

Re: 走錨について

 投稿者:  投稿日:2020年 4月21日(火)19時19分41秒
返信・引用
  > No.5307[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

ご返信、ありがとうございます。

私自身運輸業にいるので、安全に絶対はないと言うのを身に染みています。
予想と対策が如何に大事か改めて感じました。



参考までに私が見たページのタイトルを貼らさせていただきます。
戦史叢書 海軍軍戦備(1)P532-533

アジア歴史資料センター Ref.C05035390200
間宮機密第5号の112 (昭和)11.9.24 右錨及錨鎖亡失報告書

問題ありましたらこの部分は消してください。


 

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