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Re: 海底電線敷設船

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月27日(火)14時35分19秒
返信・引用 編集済
  戸田S.源五郎さん

>要するに「海底敷設船」の解説

いえ、当該誌別冊号の記事もここでの一連の私のレスも、旧海軍の「電纜敷設艇」とこれに関連した
「特設電線敷設船」の解説であり、それ以外のことは意図しておりません。

これらの内容について、それを一般的な観点・視点による「海底電線敷設船」と同じとして捉える
かどうかは、お読みいただいた方々それぞれの個人的なものですね。

もちろんそれはそれでご自由なことですが。


>「逓信省海底電線布設船東洋丸」

ご紹介ありがとうございます。 私も初めて聞く話ですね。

しかしながら、逓信省が所管することについて、その船や物をどの様に呼び、そしてそのための船や
物をどの様に作りどの様に作業しようとも、それは逓信省のことであって、旧海軍とは別の話であり、
別の問題ですね。


>電纜より太い?電線は初島型には積めませんね。

当然のことですね。 旧海軍の「初島」型は、逓信省で言うその様な電線の類を “単に敷設する
だけ” のためのものではありませんから、積む必要も、積める必要もありませんので。


 
 

海底電線敷設船

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2018年11月26日(月)23時42分29秒
返信・引用
  管理人さま

要するに「海底敷設船」の解説ということで了解しました。

せっかくですので、さらに調べた結果をご報告します。ネット検索すると「逓信省海底電線布設船東洋丸」(昭和13年11月6日造船協会講演会に於て講演)という文書がヒットしました。この文書に次の事が書かれています。
「本船の電線用諸設備は最近の75粍鉛被紙Cableに対し設計され」
当時通信用のケーブルの主流は75mmだったようです。
「各電線槽には底部より鋼板製円錐形の中心軸があり、此の軸を中心としてCableを積み込む。」
図面をみると東洋丸の中心軸の底部は約2.5m、頂部は約1mくらいでしょうか。

九二式機雷の電纜の径はわからないかと検索していたら、何とこちらのサイトにたどり着き、幹線電纜の直径は、あらら34.5mm。電纜の方が電線より細い!
大立の図面だと中心軸の底部は1.6mくらい。これじゃあ電纜より太い?電線は初島型には積めませんね。

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

Re: 大小

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月26日(月)15時22分38秒
返信・引用 編集済
  戸田S.源五郎さん

>国立国会図書館デジタルコレクションに大正5年の「海軍水雷術教科書草案」

お調べいただいた上にご教示いただきありがとうございます。


「電線」は先にレスした想定の範囲を出ていないと言うことですね。


>大正4年に一旦全面的に廃棄された管制機雷の電纜敷設用でない

大であるものを「電纜」と言い、小であるものを「電線」と言おうと、「ケーブル」の海底敷設は
何も管制機雷用とは限ったものではありません。

したがって、旧来の管制機雷が廃止されたといっても海底敷設の役務が無くなるわけではありません。

要するに、海底敷設するケーブルの用途が何であろうと、そして大であろうと小であろうと、特設
電線敷設船はケーブルの敷設について能力の高い艦艇が出て行くまでもないことのいわば“下請け”
“雑役係”であるわけです。

ですから「特設艦船部隊令」で“主として”になっているのであり、ケーブルの大、即ち電纜と、
小、即ち電線とするものについての実質かつ現実的なその区分・切り分けは難しいためなのです。

そして、福井静夫氏の著書を持ち出すまでもなく、管制機雷や聴音機、磁気探知器の敷設などは
“単なる”ケーブル敷設と異なり、その作業には専用の設備と能力を持った艦船が必要となることは
当然のことです。

勿論、電纜敷設艇の任務・用途が管制機雷(など)の電纜敷設に限定されるものでないこともまた
言わずもがなです。

このため、ケーブルの用途が何であれ、また大であろうと小であろうと、太平洋戦争開戦後の海底
敷設の需要増に伴い、わざわざ数が少なくかつ能力の高い電纜敷設艇が出て行くまでもないような
用途の“下請け”として3隻が徴用され、使用されたのです。

したがって、私が「世界の艦船」で書いた内容も、そしてここでレスしてきたこれまでの内容も、
その通りです。

ですから危惧される一般読者の方々の曲解にもなりません。 誤りはありませんので。

逆に、艦船の艦種名に捕らわれてその用途、任務を限定して考えてしまうと間違ったことになって
しまいます。

極端な話し、では駆逐艦という艦種は巡洋艦以上の艦艇が出て行くまでもない任務・行動には使用
しないのか、あるいは輸送・補給艦艇などが出て行くような役務には使用しないのかとなり、そもそも
始めからその様なことは一切考慮せずに計画・設計され建造されるのかということになってしまい
ますね。


>ご不快に思われたならば

いえいえ、こういう議論は良いものですね。 ありがとうございました。


 

大小

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2018年11月25日(日)20時45分43秒
返信・引用
  櫻と錨さま

自分で質問していて何なのですが、あれからいろいろ調べていて自己解決しました。国立国会図書館デジタルコレクションに大正5年の「海軍水雷術教科書草案」というのがあって「大ナルモノヲ電纜ト謂ヒ小ナルモノヲ電線と謂フ」(画像19ページ)そうです。ネットのQ&Aなどでこうだろうと思っていたものとは違っていて少し拍子抜けしてしまいました。そしてこの定義だと訳が分からなくなるので、これ以降、私が使う場合、ここだけの定義として「電纜」は管制機雷用のもの、「電線」は通信用のものとさせてください。
昭和15年に設定された類別の電纜敷設艇と異なり特設電線敷設船は大正5年12月に設定された種別ですから、大正4年に一旦全面的に廃棄された管制機雷の電纜敷設用でないことは明らかです。特設電線敷設船は開戦後「逓信省が行っていた軍事通信用の水底電線敷設の」需要増大に応じて整備されたものであり、「港湾防備用の器材およびその電纜を敷設する」電纜敷設艇の需要増大に応じるため整備されたものではないと思います。
「海軍として必要とする任務・行動に使えるものなら、その種別にかかわらず活用すことは当然のことです」が、特設電線敷設船が管制機雷の電纜敷設に使われていない(少なくともその記録は未見)のは何故でしょうか?ケーブルを敷設するという点で何でもかんでも同じように見えますが、管制機雷用の電纜敷設は通信用の電線敷設とは「敷設作業のやり方がだいぶ異なる(この部分は福井静夫著作集第十巻P.304の受け売り)」ので特設電線敷設船の装備では電纜敷設の任務・行動に使えなかったのではないでしょうか?。さらに防備用の器材と電纜の敷設はセットで行われるものであり、電纜の敷設のためだけに特設電線敷設船を整備するとは到底考えられません。繰り返しになりますが特設電線敷設船が電纜を敷設している記録はなく、従って主任務たる電線を敷設するために整備されたと考える方が自然です。
では、電纜敷設艇の副次的任務(役務と書くのが正解でしょうか?)に通信用の水底電線敷設があったのでしょうか?それならば話はちょっと違います。「開戦後の需要増大に応じるため」の部分を「開戦後の通信線敷設の需要増大に応じるため」と「通信線敷設の」と六文字を付け加えていただいていたならば、紙面にもちょうど収まり、意図も伝わりやすかったのではないかと思います。しかし私は電纜敷設艇の副次的任務に通信用の水底電線敷設があったことを薄学にして一度も見聞したことがありません。
私は電纜敷設艇には通信用ケーブルを敷設する任務も能力もなかったと思っています。なかったというと語弊がありますが、ご承知のように通信ケーブルの敷設は陸岸から後進をかけて行う近距離の敷設と、船尾からケーブルを繰り出して行う長距離の敷設をする両方の設備がなければできません。電纜敷設艇は陸岸から後進をかけて行う近距離の敷設作業だけですみますので、艇尾からケーブルを繰り出す設備を必要としません。大立の図面(誰かがヤフオクに出品中)を見ると、第一、第二電纜庫が煙突より前方に配置されており後方に繰り出すのは難しそうですし、また艇尾にシーブも見当たりません。でも釣島は戦後電線敷設船として活躍しているじゃないかというご指摘もあろうかと思います。ここのところは私も正直良くわかりません。しかし、何らかの改造をされたことだけは事実であり、その改造には電線敷設船としての設備を付すものが含まれていたのではないかと思っています。いずれにせよ当時の電纜敷設艇と特設電線敷設船はケーブルを敷設するという目的・用途は同じでも、それぞれが電纜あるいは電線敷設の専用船であり互換性や補完性はなく、したがってどちらかの「需要増」に応じるためではないと思います。特設電線敷設船であり特設電纜敷設艇でないことがこのことを一番良く表しており(定義が大小の差だけだったのでいささか主張は弱くなってしまいましたが ^^;)、私がこだわる理由です。
電纜敷設艇の主任務に対する解説は図なども含めて大変参考になりました。そして特設電線敷設船のことは原稿の残り5行分のいわばおまけのところであり、主題の解説に何ら影響を与えるものではありません。しかし、「言わずもかな」の部分がないために、私のような一般読者が「電纜敷設艇の主任務である港湾防備用の器材およびその電纜を敷設する需要増に応じるため特設電纜敷設艇として戦利船や民間船を使用した」と読み間違えると特設電線敷設船とは何ぞやということが曲解されてしまう、そのことを危惧しております。他人様の書いた文書をあれやこれやと言うことは簡単ですが、自分で書くとなるとそれはそれは難しいことは重々承知しております。ご不快に思われたならばご容赦ください。

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

Re: 電線と電纜

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月25日(日)17時08分13秒
返信・引用
  戸田S.源五郎さん

>海軍に於ける「電纜」と「電線」の使い分け

残念ながら私も詳しく調べたことはありませんので判りません。

と言いますか、寡聞にして一般的な海軍の文書の中で「電線」というのはこの特設電線敷設船でしか
知りません。

明治期から旧海軍では兵器・装備で用いられる、いわゆる「ケーブル」(cable)には「電纜」と
いう用語を使っており、艦内の電線なども装備されたものは「電路」という言い方をしております。

もちろんこれらの兵器・装備の中のパーツなどについては電線と呼び、あるいは造船・造兵関係の
詳細な規則類の中にはこの「電線」というのがあるのかもしれません。

しかしながらいずれにしても、旧海軍として艦船の種別名として使用するほどの兵器・装備品の類
には電線というものはありません。

したがって、私としては特務艦艇の「電纜敷設艇」とは艤装も用途も異なる(限定される)ことから、
これと区別するために電線敷設船とされたのではないかと考えますが・・・・?


 

電線と電纜

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2018年11月24日(土)21時41分42秒
返信・引用
  管理人様

お返事ありがとうございます。
一つ質問があります。海軍に於ける「電纜」と「電線」の使い分けにつきまして正確なところをご存知でしょうか?私はここのところが推定の域を出ていないのですが?

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

Re: 日本海軍特務艦船史

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月24日(土)11時58分58秒
返信・引用
  戸田S.源五郎 さん、お久しぶりです。

>「特設電纜敷設艇」ではなく「特設電線敷設船」です。

はい、これは「電纜敷設艇」ではなく「電線敷設船」ですね。
私もうっかりして校正ゲラのチェックの時に見逃していました (^_^;


>特設電線敷設船の任務

特設電纜敷設船は、同稿にも書きましたとおり、電纜敷設艇の“役務”の「需要増」に応じるため
ですのでこれで間違いありません。

敷設するケーブルが何であろうと、旧海軍においてその本格的な敷設能力を有するのは「初島」型
のみで、機雷や聴音機などの管制用に限らず“役務”の範疇において必要なケーブルの敷設に携わる
のは言わずもがなです。

そして特設電纜敷設船では元々が機雷や聴音機などの敷設には不向きですので、せめて可能なのが
その電纜敷設であるのも当然のことです。

『特設艦船部隊令』の規定にある

「第三十四條 特設電線敷設船ハ主トシテ水底電線ノ敷設、修理及ビ切断ニ関スルコトヲ掌リ
・・・・(以下略)」

は、“主として”であり、これに限定したものではありませんし、またこのため “主として”
それに適する艦船を徴用したものであり、かつ“主として”それに適するような艤装がなされて
いる
ということです。

それに「水底電線」というのは“通信用”に限定したもののことではありません。

そしてまたこれも重要な点ですが、特設艦船に限らず軍艦も含めた全てについて、海軍として必要と
する任務・行動に使えるものなら、その種別にかかわらず活用すことは当然のことです。

各艦船について 実際の運用・行動結果 = 艦船の種別として規定された目的・任務とは限らない
ということなのです。

したがいまして、当該稿は特務艦船の「初島」型の解説としてこの内容としておりますが、これで
間違いはありませんし、読者に誤解を与えることもない存じます。


 

日本海軍特務艦船史

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2018年11月23日(金)19時06分5秒
返信・引用
  管理人さま

本日「日本海軍特務艦船史」を購入し「電纜敷設艇の具体的な用途は?」を拝見しました。電纜敷設艇の使用法について大変勉強になりました。
ただ末尾の特設艦船のところで一つご指摘させていただくと
「特設電纜敷設艇」ではなく
「特設電線敷設船」です。
私も最初間違えていたのですが、ここは結構重要なポイントで、特設電線敷設船の任務は、特設艦船部隊令の第三十四条にありますように「主トシテ水底電線ノ敷設、修理及切斷ニ關スルコト」であり、
「春島丸」や「王星丸」の行動履歴を見ましても、敷設していたのは管制機雷等ではなく通信用の海底電線であったことがわかります。従いまして、このお題で特設電線敷設船のことに触れたのは、読者にちょっと誤解を与えるのではないかなと危惧します。

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

『史料展示室』 コーナーについて

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月22日(木)15時22分58秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

先日この掲示板で話題に挙がりました「秋月」型に関連しまして、『史料展示室』コーナーで公開
しております旧海軍艦艇の『一般計画要領書』中の駆逐艦について、さる方から次の様なご意見を
いただきました。

==================================================
秋月型の94AADは1機とされていらっしゃいましたのでこちらのほう、注釈をどこかにつけられた
ほうがよろしいのでは
==================================================

残念ながら当該コーナーは残された史料をできるだけ元のままの形でご紹介することを主旨とする
ところですので、その内容などについては、これらをご利用いただくご来訪の方々ご自身で確認、
調査を行っていただくことが前提のものです。

従いまして既に公開しております史料について、その内容が正しいのか誤っているのか、あるいは
個々の記述や数値、用語に誤植などのミスがあるのかどうか、などについては、私の研究成果を
ご披露するところでもありませんし、当該コーナーの主旨からも外れるものです。

つきましては、今後とも当該コーナーでは一々その様なことはいたすつもりはございません、と言い
ますより、するべきものではないし、する必要はないものと考えております。

もちろん、史料文書内の明らかなページの編綴ミスなどは修正いたしておりますが。




 

Re: 海軍病院候補地選定について

 投稿者:JARIN  投稿日:2018年11月20日(火)17時56分55秒
返信・引用
  > No.4919[元記事へ]

管理者様

ご教示頂きありがとうございます!

自分なりに資料等を当ってみたいと思います!
 

Re: 海軍病院候補地選定について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月20日(火)10時55分14秒
返信・引用
  JARIN さん、こん**は。

>分類に関する資料を

海軍史関係の古い部内資料に書かれたものにある海軍病院関係についての概要からですので、残念
ながらその大元の根拠文書は不詳です。

海軍病院も含めた海軍医療関係については『日本海軍史 第5巻 部門小史 上』の中でも纏められて
いますが、ここでも同様にその根拠文書は示されていません。

また当該書の内容は部内資料のものと似たようなものとはいえ、時期的なことなど細部については
異なる書き方の部分が多々あり、私的にはこちらの方はちょっと“?”なところがあると思って
います。

海軍病院ついては、大正8年に軍人・軍属のみならずその家族も海軍病院及び主要航空隊の医務科で
診療を受けることができることになりましたが、それでなくとも軍人・軍属の診療者数が増えている
状況から、海軍病院のあり方について見直しが行われたことは間違いありませんし、これの一貫と
して大正10年前後に亀川(後の別府)や湊の設置に繋がったはずです。

したがって、第1~3種の分類はその頃に行われていると考えるのですが、何故か上掲書では昭和に
入ってからと読める書き方になっておりまして・・・・


JARIN さんの研究成果に期待する次第です (^_^)


 

Re: 海軍病院候補地選定について

 投稿者:JARIN  投稿日:2018年11月19日(月)19時14分59秒
返信・引用
  > No.4917[元記事へ]

管理人様

ご返信頂きありがとうございます。
海軍病院に病状等に応じてそのような分類があったとは知りませんでした。
また温泉地を選んだ理由も納得できました。

もしよろしければ分類に関する資料をご教示いただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
 

Re: 海軍病院候補地選定について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月19日(月)11時13分51秒
返信・引用
  > No.4916[元記事へ]

JARIN さん

私は海軍病院は専門外なので詳しく調べたことはありませんが ・・・・

ご指摘の大正9~10年頃に旧海軍は海軍病院の設置について見直し・整理を行っており、その
結果として海軍病院を次の3種に分類しています。

  第1種:基幹病院
  第2種:隔離病院
  第3種:療養病院

1.は文字通り海軍病院の主体で、明治期の当初は艦船乗員を収容し易い地とされましたが、海軍の
拡張と共に兵員の多い場所、即ち各鎮守府・要港部所在地及び霞ヶ浦や大村などの大規模航空基地の
ある所に置かれたものです。

2.は結核や南方系のもの、例えばコレラやデング熱などの患者を隔離しての治療・療養、及び
内科・外科系で比較的長期の治療を行うところで、例えば賀茂(広島)、野比(三浦海岸)などです。

3.がお尋ねにもある長期療養(通称、転地療養)のためのところで、別府の他、嬉野(佐賀)、
山中(加賀)、湊(伊豆)などで、これらの場所は温泉療養の必要性からご指摘の温泉地から選ばれ
ました。

もっとも、これらの分類に基づいて海軍病院の増設、改善が本格的に始まったのは昭和年代に入って
からのことのようです。

因みに、昭和20年現在で置かれていた海軍病院は次のとおりです。

  第1種:横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊、高雄、鎮海、旅順、
      大阪(鳴尾)、霞ヶ浦、岩国、大村
  第2種:野比、戸塚、賀茂
  第3種:別府、霧島、嬉野、山中、湊

 

海軍病院候補地選定について

 投稿者:JARIN  投稿日:2018年11月18日(日)19時11分26秒
返信・引用
  ただいま大神にも関係のあった別府海軍病院について調べています。
大正9年頃、海軍病院の候補地を選定する際、温泉地に拘って大分県側に照会・協議を重ね、大正13年にその位置を確定させていますが、他の海軍病院でも同じように温泉地を選んでいたのでしょうか?
 

Re: >No.4904

 投稿者:naga  投稿日:2018年11月18日(日)17時53分27秒
返信・引用
  管理人様へ
>
> 申し上げるまでもないことですが、「秋月」型は計画と異なり結局九四式高射装置を前部の1基のみ
> しか装備しません(できません)でしたので、これを使っての分火ということでは、それはできない
> という意味ですね。

なるほどです、理解致しました
現在は削除されているのですが、以前Wikiの秋月の項にB17の2機同時撃墜を否定するモノとして
秋月型砲術長の証言として「如何な場合でも分火をしたことが無い」と言った旨の記述を
見かけたものですので、この田村氏の完全否定も「如何なる場合も」を示し
含まれているものだと勘違いしておりました、

ご指摘の程ありがとうございます
またYamauchi様にはお詫び申し上げます。
 

Re: >No.4904

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月18日(日)16時28分36秒
返信・引用 編集済
  > No.4913[元記事へ]

naga さん

>田村俊雄氏が調査の上、完全に否定する結論

申し上げるまでもないことですが、「秋月」型は計画と異なり結局九四式高射装置を前部の1基のみ
しか装備しません(できません)でしたので、これを使っての分火ということでは、それはできない
という意味ですね。

しかしながら連装砲塔4基の装備ですから、当然ながら各砲塔毎による同時4目標に対する射撃は
“やろうと思えば”可能です。 もちろんその場合高射装置で管制出来るのは1つで、残りは砲側
照準・砲側射撃になりますが。


>秋月型においては恒常的に分火射撃していたのでは

“分火”というのをどの様にご理解され、“恒常的に”というのをどの様な意味で言われているのか
は分かりませんが・・・・

軍艦の乗員は持てる装備を全幅活用する方法を常に考えているのは当然のことですから、射撃指揮官
(砲術長)指揮により指揮装置と砲の全てを使用しての統一指揮による1目標に対応する方法から、
上記の様な各砲塔毎による個別目標対処まであらゆる方法を考え、これを各艦の艦長により個艦の
「砲戦則」として定め、更にその細部は砲術長により決められることになります。

そしてこれにより、必要に応じて柔軟にいつでもどの方法でも射撃可能なように訓練をしますし、
実際の戦闘に際しては、その時その時の状況に応じた適切な方法が採られます。 特に戦闘被害や
故障などの場合には迅速に切り替えて行くことが重要になります。

したがって、「秋月」型でも砲術長指揮による統一指揮を基本としつつ、前・後部に分けた分火も
必要に応じて実施することは当然のことです。 もちろんどちらかの群は砲側照準・砲側射撃になり
ますが。

ですから、後部の高射装置が装備されなかったことから、ご指摘の戦闘詳報にも出てくるように、
後部の分火指揮官には専門教育を受けていない通信士などではなく、少なくとも普通科学生を出た
ような将校を正規に配員する必要がある、という意見となるのです。


 

Re: >No.4904

 投稿者:naga  投稿日:2018年11月18日(日)13時30分11秒
返信・引用
  > No.4911[元記事へ]

Yamauchi様初めまして

私も秋月型の対空射撃に興味があり色々調べていました

 対空射撃で、分火指揮するものだろうか???と思っておりましたら、研究家の
> 田村俊雄氏が調査の上、完全に否定する結論を出しておられたようです。

とありますが
アジ歴に置いてあります
昭和19年6月20日~昭和19年7月10日 第61駆逐隊戦闘詳報(1)
Ref.C08030150500

の戦訓のなかに

(四)人事関係
(イ)主砲分火指揮官ノ配員ヲ要ス
   今回初月ニ於テハ通信士ヲ分火指揮官トシテ分火ヲ実施セシモ
   将来ハ定員トシテ分火指揮官ノ配員ヲ要ス

とあるのですよね
個人的には秋月型においては恒常的に分火射撃していたのでは?と思っております
ただ目標指示などはどのように行っていたのか、資料を探すことが未だ出来ておりません
どなたかご存知の方いらっしゃれば教えていただきたいのですが…

不躾に横からの割り込み申し訳ありませんでした
   
 

Re: >No.4904

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年11月18日(日)11時44分45秒
返信・引用
  Yamauchi さん

>「艦艇工学入門,岡田幸和,1997,pp285」に掲載

あれの元は海上自衛隊がその初期に作成した資料の中にあるものもので、更にそれは二復に残された
資料を調査して纏めたものです。

そして当該書の第5部全体は、最後にある参考文献に(何故か)列挙されていない、戦後になって
日米で纏められた資料を要約し、作図し直したものですね。

>単に水圧で水が入らなかっただけ

それは“ハッチについては”ということですね。 先にも書きましたように、弾薬庫と庫外に通じる
ところ(=水が入る可能性がある)ところは他に幾つもありますから。

>海軍(特に士官の方)の戦後書かれた本については少し色眼鏡で
>事実とは異なる意図があるとしたら

それは少し違うと思いますよ。 別に技術的な解説書ではありませんので、詳細な構造や操作などを
事細かく正確に書く必要があるものではありません。

それに記憶を辿って書く戦記である以上は、ある意味では致し方ないところがあるかと。

ましてや元技術士官や技術部門に関係した人達のものの方がもっと酷いものがありますし、意図的な
ものさえあります。

それを言い出したら、戦後あまた出版された“研究家”と自称する船に乗ったことのない人達のもの
には、明らかに“意図的なもの”“単に自己の感覚で書いたもの”はいくらでもありますから。


 

>No.4904

 投稿者:Yamauchi  投稿日:2018年11月18日(日)10時09分43秒
返信・引用
  管理人様 ご返信を頂きまして誠にありがとうございます。

仰る通り涼月はおもて側に大きく傾斜しておりましたので、その時点では
第3兵員室は大きな浸水を受けていたものと思います。
https://uploader.xzy.pw/upload/20181118094605_4275c14f_4d426d4a76.png

上図は「艦艇工学入門,岡田幸和,1997,pp285」に掲載されているものです。
同著によると「第3兵員室下の1番弾薬庫に配員されていた3名の兵員が、
第3兵員室浸水開始と同時に弾庫昇降ハッチを弾庫内より閉鎖し、ハッチの
補強を実施して弾庫浸水を防いだことにより、弾庫が浮力を保持したためで、
もちろん庫内の3名は脱出不能となって戦死した」とあります。

最初にこの事実を知ったのは「壮烈!水雷戦隊―夜戦の王者,吉田俊雄,1977」です。
子供の頃は感動の話として受け取っていたのですが、知識が増えるに従い
どうも物理的・技術的に納得がいかなくなってきています。

似たような例として、同型の秋月が1942年9月28日にショートランド
泊地方面で1,2番砲塔と3,4番砲塔を分火指揮しB-17を2機同時撃墜したと
当時の艦長である古賀彌周次氏が記述しているのを読んで、対空射撃で
分火指揮するものだろうか???と思っておりましたら、研究家の
田村俊雄氏が調査の上、完全に否定する結論を出しておられたようです。

色々な本を読んで、海軍(特に士官の方)の戦後書かれた本については
少し色眼鏡で見るようになってしまっています。特に涼月の弾庫内から
ハッチ閉鎖し補強を実施、という件については前回ご指摘の通り単に
水圧で水が入らなかっただけでは?という印象を持っています。

事実がどうであれ弾薬庫で壮烈なる戦死を遂げられた方々の名誉は
一切傷つくことではないと思うのですが、戦後に本を出した方に
ついてはもし事実とは異なる意図があるとしたらちょっとひどいなと
思っています。

 

Re: 長門型の砲の仰角について

 投稿者:naga  投稿日:2018年11月18日(日)00時43分35秒
返信・引用
  > No.4908[元記事へ]

桜と錨さんへのお返事です。

夜分遅くに態々のご返事ありがとうございます

やはり資料等が現存していないと、当事者でもない限り理由を知ることは難しいのですね

また一般論での解説もありがとうございます
大変わかりやすく参考になりました

砲に関してはわからん事多いもので今後もこちらを利用させていただきたいと思っていますので
今後ともよろしくお願い申し上げます。
 

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