teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名 ※管理者の承認後に掲載されます。
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月31日(日)23時25分32秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新はお休みさせていただいて、その代わりブログの方で海自のシステム艦の話しを
連載いたします。 今日はその第1回目をUPしました。

http://navgunschl.sblo.jp/article/185765950.html

ブログの方ではこれまでに対艦ミサイル防御のことや、海自初の国産システム艦といわれる
「はつゆき」型についてなどのことをお話ししてきております。

ある程度纏まりましたら、こちらの「現代戦講堂」コーナーに入れたいと思っています。

また、ブログの方では省略いたしました各ミサイル・システムの詳細などについても、
機会をみて、こちらでお話しできればと考えています。

 
 

(無題)

 投稿者:大久保信昭  投稿日:2019年 3月24日(日)17時46分34秒
返信・引用
  堤 先生


ありがとうございました。

 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月24日(日)16時42分42秒
返信・引用 編集済
  管理人の桜と錨です。

先週の更新はちょっと欲張りすぎましたので (^_^)、今週は引き続き『旧海軍の基地』
コーナーにマリアナ諸島のパガン島にあった「パガン航空基地」を1つだけ追加しました。

とは言っても、この基地、元々が不時着陸兼中継基地用として建設され、また大戦中も
その様に運用されたこともあり、全容はよく判りません。

したがって、ちょっと図・写真などは少ないものとなりました。

なお併せて、HN「かず」さんからお尋ねのあった串良基地について、折角の機会ですので
地図及び写真について更新しました。


 

Re: 戦艦武藏の公試運転中の写真に

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月24日(日)16時40分17秒
返信・引用
  大久保信昭さん、こん**は。

>左舷甲板上、三番副砲塔の前に構造物が確認出来ます。
>これは何に使用するものでしょうか。

仮設の水タンクですが、一般には公試時に乗艦する工員などのためのものとするものが
ありますが、公試におけるバランス調整用のためのものなのかどうか、正確なところは
不詳です。

なお、副砲は左舷が二番、右舷が三番ですね。

 

戦艦武藏の公試運転中の写真に見える構造物について教えて下さい。

 投稿者:大久保信昭  投稿日:2019年 3月24日(日)15時02分37秒
返信・引用
  昭和17年に撮影された戦艦武藏の公試運転中の写真に左舷甲板上、三番副砲塔の前に構造物が確認出来ます。

これは何に使用するものでしょうか。



是非、御教授お願い致します。
 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:かず  投稿日:2019年 3月24日(日)00時46分8秒
返信・引用
  > No.5057[元記事へ]

了解致しました。

ありがとうございます。
 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月23日(土)11時50分23秒
返信・引用
  > No.5055[元記事へ]

かずさん

アジ歴では、例えばキーワード検索で「串良 基地 図」などで検索されると
いくつか出てきますね。

 

Re: US Naval Gun Factory W.N.Y. 1907

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月23日(土)11時34分7秒
返信・引用 編集済
  IWA さん、お久しぶりです。

取り急ぎ、

お尋ねの砲ですが、写真ではよく判らないのと、部品などが欠落しているようですが、おそらく
この ↓ タイプと思います。

米海軍の 3in Mount Mark 4 と言われるもので、砲身そのものは 3in 50cal Mark 3 です。

Mark 4 には各種の Mod があり、少しずつ形状などが異なりますが、残念ながら写真からでは
判別できません。

日本海軍では水雷艇などにも3インチ単装砲を装備していましたが、こちらは英国式ですので
砲身も砲架も少し違いますね。


 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:かず  投稿日:2019年 3月23日(土)10時44分37秒
返信・引用
  > No.5054[元記事へ]

ありがとうございます。

アジ歴もあちこち見たのですが、慣れてなくどこにあるのかがわかりません。
情けない事です。

もっと勉強させて頂きます。
 

Re: 鹿児島県串良基地

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月23日(土)10時19分6秒
返信・引用
  かずさん、こん**は。

>串良基地に掲載してあります旧海軍史料からの図面等

元の図がある史料と同じものは防衛研究所図書館にもありますが、これらは現在では
「アジ歴」でも公開されております。

ただしアジ歴では同じ図がある文書は複数公開されており、図の綺麗なものとそうで
ないもの、罫線のあるものと無いもの、などがあるようですのでご留意下さい。


なお折角の機会ですから、当該串良基地のページに米軍地図や写真を追加いたしました
のでご覧いただければと存じます。


 

US Naval Gun Factory W.N.Y. 1907

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月23日(土)08時37分59秒
返信・引用
  桜と錨さん、おひさしぶりです。御健勝うれしいです。
 南スラウェシ文化保存センターからまわりまわって、添付写真の船の由来の照会を受けていまして、お知恵を拝借したし。
ぼちぼちネットをあたって、オランダのKPM汽船会社の沿海貨物船で、1942年に日本軍が拿捕して特設砲艦か輸送船として使用していたらしいというところまで近づきました。
よく分からないのが砲で、3インチで1907年ワシントン海軍工廠(西ニューヨーク砲兵工廠)製造という銘板がある。日露戦争時代くらいの砲で、日本でも水雷艇くらいの主砲に載せてたものでしょうか。
駆逐艦Bainbridge(DD-1)が1907年頃にキャビテで改装工事していて、そのとき積んだものが1942年に日本軍の手に落ちて、第103工作部が据えたのかな?? と想像してます。
 船の場所は、南スラウェシ マリリ川の河口 Balantang。 Balantang port でGoogle Map 見ると、少し東の白いモスクの南西100mくらいにこの船、写っています。
ここには戦時中、メナド造船所マリリ分工場があって、邦人数十人、インドネシア人多数で木造船をつくっていたようです。地元の人によると、この船は日本軍艦で1945年前後に爆撃で沈没し、以来住民の洗濯&物干し場、井戸端会議に使っていたとのこと。近年ニッケル鉱山の積出港として港湾整備するようで、この船も撤去するにつき、持ち主を特定したいということのようです。日本の駅前の古家の話しみたいなものですか。
よろしくお願いします。 お元気で。
 

鹿児島県串良基地

 投稿者:かず  投稿日:2019年 3月22日(金)19時34分15秒
返信・引用
  事あるごとに拝見させて頂いております。お聞きしたいのですが、鹿児島県にある串良基地に掲載してあります旧海軍史料からの図面等は、実際どこで拝見する事が出来ますか?大塚山を含め、串良基地をしっかり調べてみたいのですが、役所でも史料がありません。色々教えて頂けませんでしょうか。よろしくお願い致します。  

Re: 原因は???

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月22日(金)08時42分9秒
返信・引用
  キャニーさん

はい、防衛省内部部局のあり方を根本的にやり直すことからですね。
 

Re: 原因は???

 投稿者:キャニー  投稿日:2019年 3月22日(金)07時37分47秒
返信・引用
  > No.5049[元記事へ]

「予算を確保して訓練すればよい」みたいな
単純な話ではなさそうですね
かなりの荒療治が必要に思えます。
 

Re: 原因は???

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月21日(木)18時31分6秒
返信・引用 編集済
  キャニーさん、初めまして

折角の機会ですから少し長くなりますが、忌憚のないところを


>船乗りとしてのセンスの欠落した艦艇乗組員の原因

1佐以上の自衛官の昇任・補職の人事は内局に握られています。 そして海上自衛隊の業務は全て
内局に出向いて担当者が納得のいくように説明しなければ何もできません。

( その自己の業績を上げるためにこねあげた屁理屈を、部内に対しても平気で通す訳で。
「おおすみ」型の輸送艦やこれに搭載するLCACなどはその最たるものでしょう。)

したがって彼等が内局の不評を買うようなことをするわけがありません。 要するに内局の下請けと
言える、単なる二流・三流官庁たるお役所勤務の、制服を着た有能な能吏であることが求められる
のです。

その様な高級幹部を日々見ている海幕勤務を出入りするような若手エリート幹部がどのように育つ
のかは言わずもがなでしょう。

操艦が上手い、大砲やミサイルに詳しい、海上での運用作業がスマートにできる・・・などなどは
人事評価には何ら影響しません。(逆にこれらがダメな場合はXが付きますが (^_^; )

したがって、艦艇部隊の指揮官以下はその在職期間を “無事故で大過なく終える” ことが重要なの
です。 いわゆる経歴に箔を付けれれば良いわけですので。

つまり、海軍の伝統と言われる「スマートで、目先が利いて、几帳面、・・・・」というのは今や
艦艇勤務においては何らの意味も持たなくなっていますし、第一そんなことは要求されないのです。


しかも、中級幹部にとって、各術科学校の幹部専攻科を出てその道のプロとなるより、幹部学校の
指揮幕僚課程を経て統合幕僚学校の一般課程の2つを出ることの方が人事上重要です。

内局の人事担当者にとっては、この2つの課程を出ているかどうかが陸・空との横並び比較対象で、
“専攻科? それ何? 指揮幕僚課程に受からなかった者が行くところ?” 程度なのです。

こう言う中級幹部以上を見ている艦艇部隊において、初級幹部が船乗りとしてプロを目指すような
土壌が育つわけがありません。

そして、このような幹部達の姿を海曹士もよく見ています。

“何だそうなのか、その程度でいいのか” “うちの今の艦長は将来偉くなるエリートだから、事故
などで傷を付けないようにだけ注意しておけばよい” となります。

それに海曹で部内幹部の受験資格ができると毎年強制的に受けさせられます。 彼等にしてみれば
幹部になれるわけですから、喜んで頑張る者も多いのです。

(もし幹部になりたくないと受験しない者がいると、“こいつは向上心がないのか”“指導が悪い”
と分隊長や分隊士に人事課からお小言が入ります。)

このため専門技量に優れた腕のある海曹達が現場からどんどんいなくなり、しかもその部内幹部に
なった者達は今度は本来の専門とは関係のない初級幹部としての業務に忙殺されることになります。

そして海曹士の昇任は、毎年の昇任試験(筆記試験で、専門の技量とはほとんど無関係)の成績が
重要、というよりほとんどこれで決まってきます。

加えて、少し前に曹候補生制度ができましたが、この採用の筆記試験で合格して海士になった者達は、
その後の経験や技量の状況に関係なく、所定の年数が経てばほぼ自動的に3曹になります。

さて、こういう状況で、真のプロとしての船乗りたる艦艇部隊が育つのでしょうか?

そして現在では今まで無かった様々な任務が増えてきて、それの準備や訓練も合わせると、極めて
多忙になってきています。

じっくり基礎的・基本的な専門技量を身につける暇がありません。 極端な話し、護衛艦でソーナー
を担当する水測員の中には1年間実際の潜水艦と訓練したことがなく、その生の音を一度も聞いた
ことが無い、という者まで出てきていると聞いています。

それでなくとも、諸外国海軍の常識では考えられない、艦艇・航空の用兵幹部(Line Officer)
でない者が海自幹部のトップである海幕長になる状況です。

これでは艦艇部隊の士気が揚がるわけがありません。 何だ、きつい艦艇勤務の用兵幹部を選ば
なくとも、陸上でデスクワークしかしないし、かつ一度も部隊指揮を経験しない職域でも海幕長に
までなれるんだ、と。


 

Re: 原因は???

 投稿者:キャニー  投稿日:2019年 3月21日(木)07時57分31秒
返信・引用
  > No.5037[元記事へ]

初めまして、よろしくお願いします
不躾な質問ですが、船乗りとしてのセンスの欠落した艦艇乗組員の原因みたいなものがあれば
お教えいただきたく、お願い致します。
 

装甲

 投稿者:おじか  投稿日:2019年 3月20日(水)19時18分27秒
返信・引用
  陸自イラク派遣の際に「軽装甲」と冠する車両の「装甲」が小銃弾にも耐えられないとかで、「防弾ガラス」と「装甲板」を追加したと聞きます。

米軍のトラックはボンネットなのに、陸自の大型トラックはキャブオーバーで、イラク派遣に際して、こちらもわざわざ装甲板を追加したそうです。

日本の道路は狭いからキャブオーバーのほうが曲がりやすいという理屈なのでしょうか・・・。
 

技術者

 投稿者:おじか  投稿日:2019年 3月20日(水)19時09分25秒
返信・引用
  有名な戦闘機を設計した技術者が、戦後某大学で教授をやっていた時期があり、そこの教え子だった人が「機体の重量軽減のことばかり言い、毎回機体重量の計算ばかりされられた」と、どこかで読んだ記憶があります。

戦闘機が芸術品ならともかく、流線形の外見にこだわったり、「軍の要求が悪い」「発動機の性能低下」だとか、他に責任転嫁ばかりしているような印象です。

海軍が特定の会社にだけ発注した方法や、要求性能の出し方が悪いとしても、同時期の十二試艦戦、十四試局戦、十七試艦戦と比較して、とにかくキ-43(隼)、キ-44(鍾馗)、キ-84(疾風)と次々と新型機を投入した事実を比較すれば、設計でグラム単位の軽量化にこだわるのは「技術者」と言うより「職人肌」のような感想です。

先に紹介した、個人ブログの「B氏」も「国産戦闘機が単発にさせられたのは政府が」云々で、ヒコーキ屋(自称?)さんは「言い訳」が得意なのではと思ってしまいます。



 

Re: 解釈

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月20日(水)15時04分57秒
返信・引用
  おじかさん、こん**は。

>「改訂 レーダ技術」

これは昔私のブログでもご紹介しましたが、一般出版物でレーダーの基礎を
日本語で読めるものとしては最もお勧めのものですね。

http://navgunschl.sblo.jp/article/41751059.html
http://navgunschl.sblo.jp/article/40239715.html

 

Re: ふたみ・おじか

 投稿者:桜と錨  投稿日:2019年 3月20日(水)14時58分45秒
返信・引用
  > No.5043[元記事へ]

おじかさん

本来のLCACそのものは平時でも有事でも大変役に立つ素晴らしいものですね。 このことは
災害派遣などでも実証されてきたところですし、もし離島を含む日本周辺で何かあった場合には
その能力を遺憾なく発揮できるであろうことは言うまでもありません。

ですから、海自は米国メーカーの生産ラインに並んでいる米海兵隊向けのものを、そのまま購入
すれば良かったんです。

ところが、問題は海幕勤務を繰り返すような制服を着た小役人たる“自称エリート達”が、自分
の業績のために、内局の官僚に説明しやすいように紙の上で手を入れてしまったことなんです。

つまり本来は強襲揚陸用のLCACを“単なる輸送用として購入します”と言ってしまったんです。

このため、本来ならそのまま付いていたはずの装甲板が無いものとなり、操縦席の防弾ガラスも
強化ガラスに変えた「特注品」にしてしまったのです。

当然そのままでは米海兵隊向けの生産ラインに乗らない、メーカーとしては手間暇のかかるもの
となり、結果的にそのまま元々の海兵隊版を買うより“高かろう、お粗末だろう”のものとなり
ました。

その上、最初のクルー予定者達は米国に留学させて、個人訓練から艇のチーム訓練までを学ばせ
たのですが、米側は授業料さえ出せば「舟艇波」の訓練も教えてやるよと言ったにもかかわらず、
海自は“輸送用ですから”とそれを断ってしまったのです。

したがって、海自のLCACはハード・ソフトの両面から、有事の離島防衛などにはとてもでは
ありませんが使えません。


 

レンタル掲示板
/164