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Re: 日本海海戦のロシア戦艦

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月13日(月)12時15分59秒
返信・引用
  > No.4828[元記事へ]

HN「あ」さん

申し訳ありませんが、何をお尋ねになりたいのか判りません。

そもそも「日本海海戦における」とはどの様なことを念頭に置かれている
のでしょうか?

どの艦? どの砲? 日本海海戦における全戦闘時間中での全平均?

 
 

Re: 新刊が完成しました

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月13日(月)12時09分31秒
返信・引用
  大井みなみさん、こん**は。

おめでとうございます。

こういう旗旒と言うことにも関心を持って調べている方がおられると
言うのは嬉しいことですね。

そしてここにご来訪の皆さん方にも興味を持ってもらえるとよろしい
ですね。



 

日本海海戦のロシア戦艦

 投稿者:  投稿日:2018年 8月13日(月)04時09分19秒
返信・引用
  日本海海戦での日本戦艦は7、3分に一発だそうですがロシアの新型、旧式戦艦の発射速度は何分に一発ですか?  

新刊が完成しました

 投稿者:大井みなみ  投稿日:2018年 8月11日(土)08時46分45秒
返信・引用
  桜と錨様、ご無沙汰しております。先日色々とご教授いただきました、大井みなみです。
おかげさまをもちまして、この度無事新刊が完成いたしました。ありがとうございました。
つきましては、完成原稿のPDFをメールにて送付させていただきますので、御高覧いただければ幸いです。

本来であれば小冊子を持参の上ご挨拶に上がるべきところ、表紙もない原稿の送付で大変申し訳ございません。
何卒ご容赦ください。

ご教授いただいたこと、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。
 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:管理人様  投稿日:2018年 8月 7日(火)12時35分28秒
返信・引用
  ご教授ありがとうございます。


まさに目から鱗とはこのことですね!


主砲砲塔前盾の厚さ650mmというのは資料にもとづいたものではなく関係者の記憶に過ぎないんですか……

そういえば取り付けに携わった方が560mmだったと証言されているのを読んだ記憶があります。

それと砲身の詳細な寸法も確かな資料はないんですね……

呉にある碑というのは高台にある公園の中の碑のことだと思いますが自分も見学に訪れたことがあります。

あのプレートに刻まれた寸法が定説になっているだけで確かな資料はないんですね……

そういえば日本海軍艦艇模型保存会の河井先生に生前お目にかかる機会があり大和の砲身を寸法通りに作ると残された写真より太く見えると話しておられたことを思い出します。

いつかダルグレンへ行って詳細な寸法を実測してみるしかありませんね。


本当に勉強になりました。

ありがとうございました。
 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月 6日(月)18時46分41秒
返信・引用 編集済
  大久保 信昭さん、こん**は。

ご存じかとは思いますが、実はこの46センチ砲については当方の『砲術講堂』コーナーの『砲熕
武器要目諸元』で公開しているような詳細なものは残されておらず、砲身寸法なども知られている
限りでは呉の記念碑に彫られた出所不明の簡単な図を書き写したもの程度しかありません。

ましてや現在では一般に通説となっている前楯の装甲厚 650mm も戦後になっての関係者の記憶に
よるもので、それを証明する旧海軍の公式文書・図面などはありません。

そしてこの 650mm という数値については、大作である呉海軍工廠の造兵部と製鋼部の史料集成を
出されている山田太郎氏も疑問を持っておられるほどです。

したがって米国 Dahlgren の NPG に展示されている当該装甲片についても、その根拠をキチンと
示さずには簡単に“甲砲砲室用のものでは”などと言える話しのものでは無いと言うことをご理解
ください。

引用された当該記事にそれらの根拠がキチンと示されていないことには、折角貴殿がご紹介された
三菱長崎の『戦艦武蔵建造記録』130頁の「許容公差」のデータ(これの元々のものは別の文書に
ありますが)も意味を持たないということにもなります。


 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:管理人様  投稿日:2018年 8月 6日(月)14時59分38秒
返信・引用
  ご教授ありがとうございました。


もう少し勉強してからまた投稿させて頂きます。
 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月 5日(日)23時49分15秒
返信・引用
  大久保 信昭さん

そう言うことも全て含めて、どの様な測定器具を使ってどの様に寸法を計測したのでしょうか、
ということをお聞きしたかったのです。

そしてあの装甲片から前楯の砲口開口部の寸法をどの様にして測って、どの様に割り出したのか、
そして当該部分を通る46糎砲と甲砲の外筒外径データはどこに記載されているもので比較した
のか、ということです。

まさかとは思いますが、学研の写真にあるように定規を当てて目のこ(=目測)で出したと言う
ことはないですよね?

もう少し追加すると、これが甲砲の砲室用前楯だとすると、その連装砲塔(三連装砲塔は計画は
もちろんその案もありませんので)の前楯は何時設計されて何時どこで製作され、そしてどこに
あったものを、何時米国に運んだのでしょうか?

甲砲そのものがまだ設計・試作に取りかかったばかりの段階なのに、ということです。

そして、Dahlgren の NPG に展示してあるあの前楯の装甲片がその連装砲用のものだとどの様に
して判断したのか、その根拠は? ということなんです。


 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:管理人様  投稿日:2018年 8月 5日(日)19時06分26秒
返信・引用
  歴史群像シリーズの別の雑誌だったかもしれません。


測定位置は明確に書いてなかったと思います。


厚さは均質とは限らないのでしょうか。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月 5日(日)09時41分55秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

相変わらずバタバタしておりますので、というより暑さで少々バテておりますので、今週の更新は、
先週に引き続き『旧海軍の基地』コーナーで『朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地一覧」の頁を公開
しました。

旧海軍の航空基地については既にそれぞれの頁で紹介済みですので、旧陸軍のものが概観出来る
ようにしました。

例によって一覧図の各航空基地名上にカーソルを当てるとそれぞれの基地の概要がポップアップ
するようにしております。

このシリーズ、この後少し間が開くかもしれませんが、次はどこにしましょう。
北海道? それとも台湾?


 

Re: ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 8月 5日(日)09時21分50秒
返信・引用
  大久保 信昭さん、こん**は、管理人の桜と錨です。

『歴史群像 太平洋戦史シリーズ 20 大和型戦艦2』には写真と図解の記事は掲載されていますが、
「著者は・・・・」は何に書かれているのでしょうか?

そして記事にはその厚さはどの個所をどの様な方法で測ったのか書かれているのでしょうか?


ご来訪の博識な皆さん方からのご所見がいただけるとよろしいでね。


 

ダルグレン海軍博物館に展示中の大和型戦艦用主砲砲塔前楯について

 投稿者:大久保 信昭  投稿日:2018年 8月 3日(金)10時16分20秒
返信・引用
  皆様にご教授願いたいことがあり初めて投稿させて頂きます。

学研から発売されている""歴史群像太平洋戦史シリーズ 大和型戦艦②""の中で米国のダルグレン海軍博物館に展示されている大和型戦艦主砲砲塔前楯が写真と図解で紹介されています。

筆者は現地で厚さを実測したところ660mmであり、これは大和型戦艦用ではなく後継の改大和型あるいは超大和型戦艦用の510mm砲のために作られた前楯ではないかと推測されています。

戦後、亀が首の射撃試験場から米軍が接収したものだと考えれば三番艦信濃用だと考えられますが筆者は次のような点から違和感があると述べておられます。

一番艦 大和、二番艦 武藏の運用から三番艦 信濃は余裕のある舷側装甲を10mm薄くし浮いた重量で三重底の面積を増やすことになっていたことから更に余裕があろうと思われる主砲砲塔前楯を10mm厚くすることは考えにくい。

楕円形の開口部の幅が460mm砲用にしては広過ぎる。

等のことから510mm砲用ではないかと推測されています。

このことについて私からもある資料をご紹介させて頂きます。

当時の海軍が装甲板の厚さに設けた公差基準について書かれています。

これによると400mmを超えるものは+3mm~-14mmとなっています。

ということは650mmなら653mm~636mmということであり660mmでは公差基準を満たしていないことになります。

このことからもダルグレン海軍博物館に展示されている大和型戦艦用主砲砲塔前楯というのは誤りであり改大和型あるいは超大和型戦艦用510mm砲用前楯ではないか?という筆者の推測にはかなり整合性があるように思います。

皆様はどう考えられますでしょうか。

是非、ご意見お願い申し上げます。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月29日(日)13時09分55秒
返信・引用
  台風12号に伴う雨は今のところ大したことはありません。 夕方までこのままならば更なる
被害はそれほど出ないないかもしれません。

今週の更新は、『旧海軍の基地』コーナーに樺太の「敷香」及び「大泊」の2つの航空基地を
追加しました。 併せて「北緯50度以南の旧陸海軍航空基地一覧」の頁を公開しました。


 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月22日(日)13時02分9秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

今週の更新として、ブログ記事での『艦砲射撃の基礎中の基本-「照準」について』に関連して、
『旧海軍の砲術』コーナーに『照準発射法概説』を追加しました。

この照準発射法というのは、やはり艦の上で実際に触って、やってみないとなかなか文章だけでは
一般の方々にはピンとこないところの一つであろうかと思いますが・・・・

今回はその照準発射法の概説で、それがどの様なものであるかを簡単に説明するとともに、旧海軍に
おける関係データもご紹介しました。

「砲口秒時」や射手が発射の決意をしてから実際に引金を引くまでの秒時などの実験データは初出の
ものであろうかと思います。


照準発射法の旧海軍における実際の詳細については、後日項を改めて解説することにしています。

この具体的な細部のことは“こんな事まで気を遣っていたんだ”という、よく言えば日本人の気質
そのままに大変にきめ細かい事項を含むものです。

ただしその反面で、やはり欧米に比べると技術力、中でも動力や自動制御と言った基礎的なところが
劣っていた故に仕方なく、ということが多分に含まれることもまた事実です。

 

Re: ウチとこは大丈夫です

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月21日(土)23時25分16秒
返信・引用
  脇さん、こん**は。

ご紹介ありがとうございます。 流石は郷土史研究家ですね (^_^)


しかしながら、今回の豪雨による災害は想像をはるかにこえますねえ。


私の地区でも直接の被害はほとんどなく、また道路も“復旧した”とされる
ところは多いのですが、肝心な道路は渋滞によって実質“通れない”ところ
ばかりですから。

呉市街に出るのに1時間~1時間半もかかる始末ですので、陸の孤島状態で
あることにはあまり変わりはありません (^_^;


 

ウチとこは大丈夫です

 投稿者:  投稿日:2018年 7月21日(土)07時53分53秒
返信・引用
  こんにちは。
兵学校への最短ルートをとるために川底を横断し、パイプの上をコンクリートで
覆って川底としていたようです。

今回、坂や天応などの川は土砂で埋められましたが、此方では反対に川底がえぐ
られ、そのために護岸コンクリートの地底部が水流にさらされ、堤防の下の方か
ら崩壊した感じです。

おそらくは川の傾斜が強く急流だったのと、土石や流木の流入量が少なく、さら
には濁流が川から溢れ出るギリギリのとこで豪雨が収まったからでしょう。

いずれにしても、もう2,30mm多く降っていたなら坂、天応以上の被害が
あっただろうと?・・・(^_^;)です。

お寺よりも上流部では今も戦前の鉄管が使われていますが、それより下流部は
枝分かれ?もしくは、鉄管を塞いで??、新たなパイプでもって下流部へと繋
いでいます。

1)上流部の茶色く錆びた鉄管が見える現場。
2)下流部の新しい水道パイプが見える現場。
3)堤防下部がえぐられた様子。
農業用水管・下水道管も各所で破損、電柱も倒されました。
 

Re: 遺物???

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月20日(金)16時15分20秒
返信・引用
  脇さん、こん**は、暑いですね~。

ご紹介ありがとうございます。

これ、川底に埋めてあったものですか、それとも元はこのように出ていたものでしょうか?

ところでそちらはもう水道は出るようになりました?

 

遺物???

 投稿者:  投稿日:2018年 7月20日(金)08時11分21秒
返信・引用
   こんにちは。
先日の豪雨で削り取られた川底から、戦前、日本軍が三高ダムから兵学校
へと引いた水道用の鉄管?が現れ出ました・・・(;゚Д゚)です。

川岸に建つ鐘楼門は三吉の徳正寺です。
 

今週の更新

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月15日(日)14時39分26秒
返信・引用
  暑いですね~

豪雨が終わったと思ったとたんに一挙に真夏です。 被災された方々や現場で復旧に当たって
おられる方々は大変でしょうね。 皆さん頑張って乗り切っていただきたいと思います。


今週の更新は、『旧海軍の基地』コーナーでのコンテンツの追加・更新に関連して、その中で
出てきました旧海軍の航空基地管理について、関連する昭和17年10月31日から同20年
7月25日までの内令の全てを1つのPDFファイルに纏めたものを公開しました。

旧海軍の航空基地の頁を作成するために以前に作っておいたものですが、この機会に皆さんに
もご紹介することにしました。

こういうものも意外とありそうでなかなか無いんですよね。 戦史叢書や『日本海軍航空史』
などでも纏まった内容のものはありません。

しかしながら、各航空部隊と共にこういう航空基地の管理についても旧海軍の航空史を考える
上では重要だと思うんですが・・・・


 

Re: 講演中止の件

 投稿者:桜と錨  投稿日:2018年 7月11日(水)10時00分55秒
返信・引用 編集済
  JARIN さん

私の住む郊外団地はほとんど被害は無かったのですが、逆に呉市街の方が被害が
大きく、かついまだに断水も復旧していませんので・・・・


呉市街もこんな状況ですので、主催の大之木氏とお話しして、少し落ち着いてからの
方がご来訪いただく皆さんにとってもよろしいのではということになりました。

延期させていただいた分、お話の内容を見直す時間ができましたので、次の機会には
もう少しマニアックで、かつご来訪いただく皆さんに楽しんでいただけるものに
したいと思っております。
 
 

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