teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名 ※管理者の承認後に掲載されます。
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


太平洋戦争中の米海軍潜水艦の捕虜について

 投稿者:下っ端社員  投稿日:2016年 9月 8日(木)22時53分47秒
返信・引用
  Wikipedia日本語版の海軍生体解剖事件を見てふと思ったのですが
そもそも太平洋戦争中に日本軍に対し50名以上の捕虜を出した潜水艦はUSS Grenadier SS-210(wikipediaによると福岡の収容所で4名死亡した以外は全員戦後帰還)以外に存在するのでしょうか?ご存知でしたら教えて下さると助かります
wikipediaしか見ず公式文書にすら当たらなかった手抜きで済みません
 
 

お返事有難うございます

 投稿者:下っ端社員  投稿日:2016年 9月 5日(月)15時18分46秒
返信・引用
  図書館の目録に確かにありました
ありがとうございます
 

Re: お返事有難うございます

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 9月 5日(月)14時52分8秒
返信・引用
  下っ端社員さん

>巡潜について現状利用できる

一般に入手可能な物としては、原書房が日本造船学会編『昭和造船史』の別巻として出した
『日本海軍艦艇図面集』が元の公式図に最も近いものでしょう。

巡潜ですと「伊6」(巡潜2型)と「伊15」(乙型)の一般艤装図が収録されています。
特に後者は先の論文掲載の伊36のタイプシップであるだけに、これをトレースしたものと
言ってもまずその違いは判らないかと思います。

(何故か論文掲載の図には断面図が2つ足りないのですが・・・・(^_^; )

もしこの図面集をお持ちでなければ、昭和50年の初版ですので古書店でもかなりな高額に
なりますので、お近くの図書館などで探してご覧になるのがよろしいかと。

>リンク先ですが

現在までのところ USNTMJ のレポートがほぼ揃って公開されている唯一のところで、有名な
サイトですね(^_^)

 

お返事有難うございます

 投稿者:下っ端社員  投稿日:2016年 9月 5日(月)10時57分19秒
返信・引用
  成る程…
個人的にはあれが巡潜について現状利用できるもっとも詳細な図(伊14の図はリンク先で見た事が有ります)なのと色々な内容があったのでで面白かったです。
リンク先ですがそもそも何故フィッシャートロプス法のサイトに有るのかは不明です(恐らくソースは米国立公文書館のマイクロフィルムだと思われます)
ついでに写真が軒並み潰れています

http://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ-200G-0695-0924%20Report%20S-01-7.pdf

 

Re: 潜水艦完成図

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 9月 5日(月)10時33分5秒
返信・引用
  下っ端社員さん、こん**は、ご紹介ありがとうございます。

>完成図は公式なもの

残念ながら公式図をトレースした上で加工したものです。 おそらく一昔前に月刊誌「丸」
で連載されたものの一つと思います。

これら連載されたものは後に光人社から「写真 日本の軍艦 別巻 海軍艦艇図面集」として
出されており、この中にある「伊35潜」の図はトレースは全く同じ物が使われています。

そもそも「完成図」というのは一枚ではなく、建造用の設計図とは別にその艦船が完成した
時に実際にどの様な艦が建造されたのかを記録保管し、かつ就役後に乗員が運用に当たって
必要なものを纏めた多数の図面を言います。

それらの中で、この図面のようなものを「一般艤装図」と言い、艦全体の状況を示すもので
完成図の中でもメインの一つになります。

そしてこれら完成図と艦やその兵器・装備・機関などの説明や操作法などの文書を合わせて
「完成図書」といいます。


ご紹介の論文は、ありとあらゆる関係図書類や史料を調査して、というより読んで、纏めた
労作で、あれもこれもの盛り沢山でちょっと論文としてはテーマがぼけているものの、内容
は初心者向けの大変に面白いものになっていますね。

ただ残念ながら、この「完成図」という意味とそしてそれが実際にどの様な物であったのか
もご存じではないレベルの方が書かれたもので、まさに文学部歴史学科の学生の卒業論文の
ような・・・・(^_^)

私としては、このような論文の体裁をとるより、あっさり同人誌などで出した方が良かった
のではないかと思ったりします。


 

Re: 戦艦武蔵

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 9月 5日(月)08時35分21秒
返信・引用
  キャプ専クックさん、こん**は。

>来訪者50万人達成おめでとうございます。

ありがとうございます。 これも皆さんのご愛顧のお陰です。

>あまり公にされてこなかった乗組員のその後についての一端も

ドラマそのものは全くのフィクションの人間ドラマなのですが、「武蔵」生存者の
その後についての見方としては、これはこれでありだと思っています。

ただし、旧海軍としての取扱については別の見解もありますので、後で纏めてから
記事にしたいと思っています。

 

潜水艦完成図

 投稿者:下っ端社員  投稿日:2016年 9月 5日(月)00時57分2秒
返信・引用
  この論文中にある完成図は公式なもので合っているでしょうか?構造が判って個人的には興味深いです

http://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/2967/1/KU-0200HK-20020331-11.pdf

 

戦艦武蔵

 投稿者:キャプ専クック  投稿日:2016年 9月 4日(日)22時32分35秒
返信・引用
  桜と錨様、こん××は。

天気のせいか、蒸し暑くてたまりませんね。

遅ればせながら、来訪者50万人達成おめでとうございます。
いつも楽しく読まさせていただいていますので今後も長く続けてくださるようお願いします。

NHKの「戦艦武蔵」もドラマとして面白く視聴いたしました。
あまり公にされてこなかった乗組員のその後についての一端もわかってよかったです。

ただそれと同時に、昔見たドキュメンタリーの「軍艦武蔵」を思い出しました。
それは、生存者の一人の証言です。大破した武蔵が横転するときに海へ飛び込む際、傾いた艦の側面から
艦腹へ滑り落ちてしまうので船底などにびっしりと付いた牡蠣やフジツボなどに体を裂かれて重傷を負い、
多くが助からなかったという趣旨のものでした。
当時ただ単に戦艦はカッコイイとさえ思っていた私は、そのリアリティーに思わず戦慄したことことです。想像しただけでも身震いがしました。

まったく戦争なんてやらないにこしたことはないですね。

その意味で、日々祖国の防衛に励んでおられる現役の自衛官の方の覚悟のほどが推測され、あらためて感謝しています。
 

ご来訪50万名達成感謝記念企画第1弾

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 9月 4日(日)21時58分42秒
返信・引用
  今週の更新として、ご来訪50万名達成の感謝記念企画第1弾をUPしました。

第1弾は明治40年に時事新報社が邦訳出版した『露艦隊三戦記』で、これは同社が先に
出した『露艦隊来航秘録』、『露艦隊幕僚戦記』及び『露艦隊最期実記』の3つを改めて
1冊に纏めたものです。

バルチック艦隊の大遠征と日本海海戦における様子については、日露戦争直後に出された
プリボイの『ツシマ』がよく知られ、日本においてもこれまで幾度が邦訳版が出ています。

しかしながらこれは良く言って“戦記”、普通に評価すれば“小説”に過ぎません。

これに対してこの『三戦記』はそれぞれが当事者たる将校及び同相当官の手になるもので
あり、史料的価値についてはこちらがはるかに高いと言えます。

気軽に読めるロシア側の記録としてお楽しみいただければと思います。

現在ではこの内の『来航秘録』と『幕僚戦記』は「近代ディジタルライブラリー」にて
公開されていますが、残念ながら例によって画質は良いとは言いがたいものがあります。

(しかも何故か検索ページのタイトルと内容が相互に反対になっています(^_^; )

公開しますのはそれぞれの全頁を1つのPDFファイルにしたもので、例によって印刷と
加工は出来ない設定としておりますが、今回はロゴや透かしなどは入れておりません。

どちらをご覧になるかはニーズに合わせてでよろしいかと。


なお、引き続き第2弾以降も準備出来次第順次公開する予定です。 お楽しみに。


 

Re: おめでとうございます

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月30日(火)23時49分45秒
返信・引用
  hushさん、ありがとうございます。

>凄い早さですね。
開設以来10年でやっと50万ですから、そちらのサイトにはとてもとても(^_^;

それにしても、こんなマイナーなサイトですが皆さんにご覧いただいているのは
嬉しいことです。

 

Re: お聞きしてたいことがあるですが

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月30日(火)23時46分21秒
返信・引用
  信陽さん

>「大湊地方隊50年史」も所蔵されている

25年史も所蔵していないか探してみて下さい。 25年史には旧海軍の大湊警備府の
沿革や施設配置図なども掲載されており、これも面白いですよ(^_^)

 

おめでとうございます

 投稿者:hush  投稿日:2016年 8月30日(火)22時03分27秒
返信・引用
   50万安打達成、おめでとうございます。
 しかし、凄い早さですね。
 
 

Re: お聞きしてたいことがあるですが

 投稿者:信陽  投稿日:2016年 8月30日(火)21時15分21秒
返信・引用
  桜と錨さん、こんばんは、ありがとうございます。
>1960年6月の津軽海峡での有名な艦船事故ですね。 当時は月刊誌『世界の艦船』など
> ニュースや雑誌などでも盛んに採り上げられました。
この事故は海上自衛隊でも艦船の運航に関する研究事例としてよく採り上げられていますし、
> 資料や記事も沢山作られています。
私が知り得ている情報が少なく、そこまで有名な事故とは思いもよりませんでした。
当時の世界の艦船も見てみようと思います。
そして引用元は函館中央図書館所蔵「函館基地隊50年史」発行元 「海上自衛隊函館基地隊」です。
該当図書には、第二次大戦時の残留機雷、朝鮮戦争の際に漂流してきた機雷など初めて知ることが新発見の連続でためになりました。
また、函館基地隊に寄港した護衛艦以外の艦船の写真もあり、空母ヨークタウンや潜水艦レッドフィッシュなとがありました。
機会がありましたら、「大湊地方隊50年史」も所蔵されているとこのことで閲覧してみようと思います(^-^;
 

Re: お聞きしてたいことがあるですが

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月30日(火)18時59分8秒
返信・引用
  信陽さん、こん**は。

>「あけぼの」「いなづま」の衝突

1960年6月の津軽海峡での有名な艦船事故ですね。 当時は月刊誌『世界の艦船』など
ニュースや雑誌などでも盛んに採り上げられました。

この事故は海上自衛隊でも艦船の運航に関する研究事例としてよく採り上げられていますし、
資料や記事も沢山作られています。

>掲載しても大丈夫でしょうか?

図書館にあるものでしたら、引用を明示されれば大丈夫です。
 

お聞きしてたいことがあるですが

 投稿者:信陽  投稿日:2016年 8月30日(火)15時10分2秒
返信・引用
  地元の図書館に海上自衛隊の資料があり、「あけぼの」「いなづま」の衝突後を収めた写真があるのですが、それを掲載しても大丈夫でしょうか?  

Re: おめでとうございます(´ω`)

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月30日(火)12時58分5秒
返信・引用
  信陽さん、ありがとうございます。

タッチの差でしたね(^_^)

これからもよろしくお願いいたします。
 
 

ご来訪50万名達成!

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月30日(火)12時56分36秒
返信・引用
  管理人の桜と錨です。

昨夕、ご来訪50万名を達成いたしました。 このようなマイナーなテーマを扱うサイト
ですが、これもご愛顧いただいている皆様のお陰と感謝申し上げます。

キリ番につきまして、HN「飛鳥」さんよりご申告をいただきました ↓

管理人としましても記念になります。 ありがとうございます。 飛鳥さんにはキリ番賞
として何か考えますね。

なお、サイトの記念企画につきましては次回の更新時から順次実施していきたいと思います。

(実は予想外のペースでご来訪いただきましたので、まだ準備が出来ていません(^_^; )

 

500,000カウント

 投稿者:飛鳥  投稿日:2016年 8月29日(月)23時10分40秒
返信・引用
  桜と錨様

500,000カウントおめでとうございます。
キリ番を踏ませていただきましたので、ご報告申し上げます。
今後もますますのご発展とご活躍をお祈り申し上げます。

 

おめでとうございます(´ω`)

 投稿者:信陽  投稿日:2016年 8月29日(月)22時15分6秒
返信・引用
  桜と錨様、50万アクセスおめでとうございます(´ω`)
画像のサイズが大きすぎてすみません。惜しくも50001でしたorz
これからも貴方様と海軍砲術学校のご健勝をお祈りします!
 

Re: 四十口径安式十二糎砲身

 投稿者:桜と錨  投稿日:2016年 8月29日(月)09時33分48秒
返信・引用
  飛鳥さん、こん**は。

>搭載していた艦名とかが判ると凄いのでは

確かに凄いでしょうね。

しかしながら、製造番号順の経緯リストなどはありませんし、各艦に搭載され、あるいは
陸上部隊に交付された砲の製造番号などの一覧表もありませんので、すぐには判りません。

ただし特定の砲については、日露戦争の史料の中に毀損して交換となった砲などについて
記録があり、その様な砲についてはある程度個々のものが判ります。

例えば安式十二糎砲ならば、37年8月9日の旅順口外における戦闘において「厳島」の
「25号」「26号」「呉3号」「呉20号」の4門が廃砲となり、後に「5号」「8号」
「呉6号」「呉38号」と交換となっています。

したがって、もし払い下げ時にその砲の由来書などがあるなら別ですが、そうでない限り、
防研などに残されている膨大な史料の中から丹念に探す必要があります。

もちろんそれでも出てくるかどうかは判りませんが・・・・

興味がおありでしたら是非頑張って調べてみてください。

 

レンタル掲示板
/144