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山町出身の方、書込みありがとうございます。もうちょっとしたら筍もうまーなるし、まっつりのごっつぉは高岡が一番やちゃ。今年もぜひとも帰ってこられよ〜。
さてさて数年前の夏『土蔵づくりフェスタ』の催し物で中央から博雅会という雅楽グループを招き雅楽の会をやったことがあります。私が担当者だったこともあり前打合せの段階から演目の中に「迦陵びん」を入れまして鑑賞したことがあります。私的な感想ですが『何ジーこりゃー』でした。まさに衝撃を感じました。御車山の印刷物には確かに載ってはいるものの、この似ても似つかない「迦陵びん」。・・・で、なんで???ながやけど、そのあたりをひとくさり・・・・。やっぱ、山が前田から高岡町民に下された折に共に下された楽曲は「迦陵びん」だったのだろうと推測されます。今でも楽師たちは『譜面』と云うものを持ちません、ずーっと習い覚えの伝承できたのです。それが長年伝承されてゆくうちに、変化していったのだろうと思います。私も小馬出町の一員としてテンポのことで指摘していることがあるのですが、ここ40年ほどの間に早くなってきているのです。楽師たちの体内時計が早く刻むようになって来ているせいでしようか。それはともかく、たとえば京都の祇園山鉾のお囃子や近隣の在所の祭囃子に影響され、変化していったのだろうと思います。私のところには当町の山の「迦陵びん」音データと先の雅楽の連中の映像データがありますので機会があったら聞き比べてみてください。
それから、お尋ねの「六三郎」については、御馬出町のものから回答させます。またの投稿お待ちしています。
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