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帝都大震災と麹町・番町

 投稿者:かぐら川  投稿日:2004年12月11日(土)23時12分49秒
  「関東大震災〔1923〕で五番町の(女子英語)塾は全焼した。」と、大庭みな子『津田梅子』にあり、手元の東京帝国大学被災者情報局の「帝都大震災系統地図」を見たらば、東京市西部でもたしかに麹町から番町のある部分は、かなり焼失していますね。

この地図を見る限り、1916年、19歳の宮沢賢治が下宿した麹町三丁目の「北辰館」「栄旅館」もこの時焼失したようですね。瀧廉太郎の上二番町の旧居も・・・。
 


元園町

 投稿者:かぐら川  投稿日:2004年12月10日(金)01時43分15秒
  こうしんさま、ありがとうございます。
この掲示板のお知らせしないままで、たいへん失礼しました。

元園町(もとぞのちょう)――通り沿いの麹町と番町の間の帯状の町で、一丁目、二丁目がありました。武者小路実篤はこの生まれだったと思います――は、もと幕府の薬園があったという意味の町名のようです。
それにしても元園町41番地は、私が思っていた津田塾発祥の地と通りが一本違いますね。

いよいよおもしろくなってきました。確認の上、この場でまたご報告したいと思います。

きょうは「付き合い」とは言え、旧知の人たちと楽しいひと時を過ごし酩酊気味です。
また、あらためて・・・。 ありがとうございました。

追記;
武者小路実篤は、net上で調べると(旧)元園町一丁目38の生まれのようですね。
 
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女子英学塾 訂正

 投稿者:やましたこうしん  投稿日:2004年12月 9日(木)08時08分34秒
  下記 同書205頁に,
「麹町一番町十五番地のごく普通の日本家屋を校舎としてわずか十人の塾生でスタートした」とありました。
こっちですね。
 
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女子英学塾

 投稿者:やましたこうしん  投稿日:2004年12月 9日(木)08時04分50秒
  おはようございます。こちらでは初めての書き込みです。
朝日文庫版215頁に
「元園町一丁目四十一番地の醍醐忠順侯爵の旧邸」
とあります。かわうそ亭さんのお薦めで買ったこの本,実は未読のまま(笑)

http://park17.wakwak.com/~libre/book/index.html

 

行方不明

 投稿者:美保子  投稿日:2004年12月 6日(月)07時53分33秒
  『津田梅子』、家の中にあることは確かなのですが・・・。見つからず確認できません。
すみません。春になったら大々的に本の整理をしようと思っているので、その時にはでてくるかもしれません。
ところで、田辺聖子の『ゆめはるか吉屋信子』によると、夢二って女たらしだったみたいですね。ちょっとイメージ狂うなぁ。

http://www2.comco.ne.jp/~mihokoyo/

 
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申し訳なし

 投稿者:かわうそ亭  投稿日:2004年12月 5日(日)21時50分40秒
  『津田梅子』は例によって図書館の本なので手元にありません。番地表記は、どなたか、よろしく。
「あを柳」の方は、ではかぐら川さんのコメントを訂正しておきますね。

http://kawausotei.cocolog-nifty.com/

 

ご指摘感謝と「女子英学塾」

 投稿者:かぐら川  投稿日:2004年12月 5日(日)22時29分5秒
  ご指摘の有り難うございました。「あを桜」は、私の、転記ミスです。旧かな遣いの「あを」を入力していたとき気持ちは、次の「花ざくら」に飛んでいてごっちゃになったようです。
もちろん「あを柳」です。

ところで、大庭みな子『津田梅子』ぜひ読んでみたいとおもっているのですが、同書では「女子英学塾」創設の地は、どこになっていますでしょうか?。
現在の一番町のイギリス大使館の向かいだということはわかっているのですが、当時の町名だと五番町にあたると思うのです。(15か16番地?)
もし、番地もふくめて確かな表記がわかればと思います。

追記;
かわうそ亭さんちへの書き込み中、田中穂積「学長」は、「楽長」の変換ミスでした。

 
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ルソーとむすんでひらいて

 投稿者:かわうそ亭  投稿日:2004年12月 5日(日)21時16分39秒
  かぐら川さん こんばんわ。拙ブログに書き込みありがとうございました。
ところで、あのなかに、歌詞の引用がありますが、

「見渡せばあを桜/花ざくらこきまぜて/都にハ路もせに/春の錦をぞ」

と転記なさっていますね。これは、本の記述どおりでしょうか。
これはもちろん「あを柳」でなければならないところですから、本の記述がそうなっていれば、重大な誤植だと思いますけど。たぶん、転記ミスですよね。

見わたせばやなぎさくらをこきまぜて都ぞ春のにしきなりける
                        素性法師

http://kawausotei.cocolog-nifty.com/

 
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『「御宿かわせみ」東京下町散歩』

 投稿者:かぐら川  投稿日:2004年12月 5日(日)12時50分26秒
  なにを隠そう私は「御宿かわせみ」のファンなのです。
そうして偶然、『「御宿かわせみ」東京下町散歩』(東京かわせみの会編著/KKベストセラーズ/2004.7)を書店で見つけて迷わず買ってしまいました。

文春文庫の28冊の「御宿かわせみ」のカバー一覧は、感慨深いものでした。
(残念なことに、1と2は<新装版>のものに差し替えられていますが。)

菊池仁氏の「「御宿かわせみ」の魅力――捕物帳を超える捕物帳」も読み応えのあるものでした。

 
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作曲家ルソーと明治期の日本音楽

 投稿者:かぐら川  投稿日:2004年12月 5日(日)01時28分7秒
  作曲家ルソーの死後編まれた曲集については、《めぐり逢うことばたち》でもふれましたが、そのルソーをめぐって、西川久子『「むすんでひらいて」とジャン・ジャック・ルソー』、という本が出ているのを知りませんでした。

かわうそ亭さんのHPに紹介があります。
http://kawausotei.cocolog-nifty.com/easy/2004/11/post_21.html#c1148751
今、コメントを書かせてもらってきました。
 
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