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    <title>《三島霜川年譜》の周辺</title>
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    <title>三島霜川関連メモ</title>
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    <description>[三島霜川関連メモ]の一覧です。

2004年 12月 15日 〔三島霜川･源氏鶏太･堀田善衞〕
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&amp;log=20041215
2004年 12月 16日 〔【三島霜川選集】〕
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&amp;log=20041216
2005年 01月 08日 〔【明治の文学／全25巻】〕
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&amp;log=20050108
2005年 01月 22日 〔「埋れ井戸」と「たけくらべ」〕
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&amp;log=20050122
2005年 01月 23日 〔水上…</description>
    <dc:creator>かぐら川</dc:creator>
    <dc:date>2008-12-07T16:14:47+09:00</dc:date>
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    <title>「大河津分水」</title>
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    <description>２反田さまへ

　代筆問題もさることながら「大河津分水」の文字を見て以来呪縛にかかったようになって、なかなかコメントを書けないままになっています。この信濃川の平野を思い出すにつけ良寛のことと青山士のことが、とりわけ「大河津分水」にかかわった青山の遺していったことが思いを致すべき課題として念頭を去りません。
　飯田青涼のこともふくめ少しお時間をいただきたいと思っています。</description>
    <dc:creator>かぐら川</dc:creator>
    <dc:date>2008-10-15T00:54:02+09:00</dc:date>
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    <title>大河津分水を行く飯田夫妻</title>
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    <description>ところで単行本『女の夢』には「山の中の小學校へ」という短篇が収録されています。このなかの一節に、
《自然の恩恵の乏しい東京に生れ、埃と塵の中の學校にばかり通つた私》
《震災前東京で、日曜の午後、教曾からの歸途に電車を利用して、日比谷公園、戸山が原、植物園等に出懸け》
とあることから、飯田が東京の出身であること、また関東大震災を機に東京を離れたことが分かります。
そして現住居が田圃の一軒家であることを述べた個所では、
《彌彦、國上の双峯は、緑の森の裳裾を末廣に曳いて》
と家からの眺めを記しているお…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-17T03:15:23+09:00</dc:date>
  </item>
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    <title>飯田政良と徳田秋声</title>
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    <description>さて徳田秋声の序文は以下のものです（一部省略）。

《　「女の夢」に序す
　飯田君が私のところへ来はじめたのは、もう大分古いことである。君はその頃坪内博士や夏目さんの門に出入して、何かと藝術上の指導を仰いでゐたのである。私のところへもづゐぶん原稿を持込んで来たが、みんな五六百枚から千枚ぐらゐ、力作雄篇で、作の質から言ふとドストイエフスキイに似たやうなものである。人の面貌や人となりも、ドストイエフスキーもこんな男ではなかつたかと思はれるくらゐ、正直で、敬虔で、偏屈で、世渡りが下手で、さうして貧乏で、努力家で…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-16T02:58:23+09:00</dc:date>
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    <title>飯田政良と夏目漱石</title>
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    <description>飯田は「自序」（大正十四年八月十五日　紀尾井町の仮寓にて）において、「女の夢」脱稿から発表に至る経緯を記しており、また断片的ながら文学的経歴を述べています。

《　自序
處女長篇「女の夢」を書き上げた時の私の歓喜は迚もこゝに書き現はすことは出来ない。私はその頃まだ二十過ぎたばかりの青年であつた、両親や兄弟や姉妹達、そつくり揃つた家族と、藁葺屋根の軒の深い、陰氣な一軒家に住んでゐた。書き上がつた五百枚ばかりの原稿を腕一配高く差上げて、「書けた、書けた」と叫んだ。原稿を抱えたまゝ、室から室へ雀躍りして駈け廻つ…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-16T02:54:15+09:00</dc:date>
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    <title>飯田政良と「女の夢」</title>
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    <description>2008/08/25の日記の、「漱石書簡に登場する三島霜川」についてですが、岩波の縮刷版漱石全集(1980)にあたったところ、《三島霜川といふ人》は《○○○○といふ人》と伏字にされていました。いつからいつまで伏せられていたのか、なぜ伏字から復元できたのかが疑問です。

さておき、同書簡により、三島霜川を頼ろうとしたことが知られる飯田政良(号･青涼)ですが、目立った文業としては、明治44年6月から9月にかけて『大阪朝日新聞』に、小説「女の夢」を＜徳田秋聲・飯田青涼合作＞名義で連載しています（典拠：高木健夫『新聞小説史年表』）。
同作…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-16T02:51:12+09:00</dc:date>
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    <title>「學歴殆なし」</title>
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    <description>２反田さん、いつもながら基礎的かつ貴重な情報、有り難うございます。
おっしゃられる通り、『文章倶楽部』の名鑑は「簡略ながら各作家の初期の自伝として注意を惹きます」ね。

《長町高等小學二年を修めたる他、學歴殆なし。》《二十二歳の時上京、爾來十年寂しき彷徨の生活をなせり。》

いかにも犀星らしい語調のこの小伝は、全集に収録されているのでしょうか。

余談ですが、先日雨宝院を訪れた際の現在の住職高山師の話によると、“犀星さんの学歴に対するコンプレックスは強く、学歴を尋ねられた時は、「高等２年の卒業…</description>
    <dc:creator>かぐら川</dc:creator>
    <dc:date>2008-08-22T01:18:35+09:00</dc:date>
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    <title>室生犀星の誕生日</title>
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    <description>2008/08/01の日記に関連して

投稿文芸誌『文章倶楽部』（新潮社）大正10年1月号は「文壇新人録」という小特集を組んでおり、大正8年以降に台頭したと目される新人作家の写真入名鑑を掲載しています(一部2月号にも分載)。例言によれば、名鑑は掲載者本人に《請ひて、その近影と小傳とを得》たとのことで、簡略ながら各作家の初期の自伝として注意を惹きます。掲載者（順不同）は以下の22名です。

宮地嘉六　水守亀之助　近藤経一　細田源吉　三島章道　宇野浩二　細田民樹　小島政二郎　中戸川吉二　須藤鐘一　宇野喜代之介　岡田三郎　宮原…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2008-08-08T00:31:21+09:00</dc:date>
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    <title>島田＝木下ライン</title>
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    <description>　２反田さん、有り難うございます。『民声新報』の発刊事情、「島田三郎対星亨の代理戦争の尖兵が、木下尚江と国木田独歩であった」という貴重な視点で書いていただいて、勉強になりました。田中正造関連で親しんでいた、島田＝木下ラインが、こんなところにでてきてびくりしました。

　この掲示板のタイトルを、変更しました。</description>
    <dc:creator>かぐら川</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-29T17:19:29+09:00</dc:date>
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    <title>『民声新報』発刊事情</title>
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    <description>明治33年12月21日、星亨は第４次伊藤内閣逓信大臣を辞任します。収賄事件に係り、政友会星派の市会議員らが告訴収監されたことに対する引責であったとされます。公訴のきっかけとなったのは、『毎日新聞』（社長兼主筆･島田三郎）による一連の告発記事でした。当事者であった木下尚江の回想があります。

《毎日新聞が「公盗の巨魁星亨」と題して連日攻撃の記事を掲げ、且つ司法権の発動を促すや、星は忽ち逆襲の兵法を執った。》（木下尚江「自由の使徒・島田三郎」『神･人間･自由』）

この“逆襲”とは明治33年11月、星が主筆･島田に記事へ…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-28T15:41:44+09:00</dc:date>
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    <title>RE:『民声新報』と国木田独歩</title>
    <link>http://6623.teacup.com/kagura03/bbs/61</link>
    <description>２反田様、遠路？お越しいただき有り難うございます。
「民声新報」時代の独歩についての基本的な文献教えていただきありがとうございます。折をみて入手可能な――といっても図書館で手にとることができるという意味ですが――ものから読んでみたいと思います。
独歩は、私もずっと親しんできた作家で、今黒岩さんによって新しい側面に照明が当てられているのはとてもうれしいことです。

そもそも星亨がどのような目的でこの新聞をつくろうとしたのか、その編集スタッフはどのように選ばれたのかも興味のあるところです。少しずつ勉強していき…</description>
    <dc:creator>ｱﾘｵｰｿ（かぐら川）</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-27T23:12:17+09:00</dc:date>
  </item>
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    <title>『民声新報』と国木田独歩</title>
    <link>http://6623.teacup.com/kagura03/bbs/60</link>
    <description>はじめまして。黒岩比佐子様のブログに２反田の名で書込みをしている者です。三島霜川については、数篇の短編を読んだのみで、その履歴について知るところは少ないのですが、霜川が在籍していた『民声新報』及び国木田独歩については多少の興味があります。
『民声新報』時代の国木田独歩については、諸雑誌の独歩追悼号の中で章が立てられており、今までに以下の記事を確認しています。三島霜川自身の記事を含め、いずれの記事も当時の霜川の様子にも言及しています。

〓『新声』「独歩号」19巻1号(明治41年7月 隆文館)〔山崎林太郎「編輯長とし…</description>
    <dc:creator>２反田</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-27T00:26:44+09:00</dc:date>
  </item>
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    <title>霜川年譜</title>
    <link>http://6623.teacup.com/kagura03/bbs/59</link>
    <description>《三島霜川年譜》

・１８７６（明９）　１歳
７月30日、石川県砺波郡下麻生村６８６番地（現:富山県高岡市下麻生）に生まれる。４月８日説もある。父･重法、母とめ。家業は代々医者であった。本名は才二。ペンネームは、「うたの助」「歌之助」「犀児」「鳥奴」「牛魔王」「椋右衛門」「島三子」など。家紋は抱き茗荷。
（1876年4月18日から1883年5月9日の間、富山県は石川県に組み込まれていた。）

・１８７９（明12）　４歳
２月23日、妹しげの生まれる。

・１８８１（明14）　６歳
２月12日、妹あい生まれる。…</description>
    <dc:creator>ｱﾘｵｰｿ（かぐら川）</dc:creator>
    <dc:date>2008-01-22T00:13:41+09:00</dc:date>
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    <title>霜川年譜――注記</title>
    <link>http://6623.teacup.com/kagura03/bbs/57</link>
    <description>「霜川年譜」　注記

　『三島霜川選集（中）』（1979）掲載のものを基本に、補訂する予定です。補訂（追加／訂正）箇所は、ここに注記することにします。

　年齢は、「数え年」表記。

〔追記：12/22〕
　更新を怠っていてはずかしい限りです。1902年以降の年譜の追加もそうですが、掲載分についてもあきらかな間違いにも気付いていますが、今一つ裏付けがとれなくてそのままになっています。
　年齢表記のことについても、「数え」がいいのかどうか再考の余地のあるところです。

　参照；
　http://www3.dia…</description>
    <dc:creator>ｱﾘｵｰｿ（かぐら川）</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-23T09:51:19+09:00</dc:date>
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    <title>本郷中央会堂</title>
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    <description>“「昨夜（ゆうべ）中央会堂の慈善演奏会とかに行って遅くなったものですから。つい寝坊をしましてね」”と、
漱石の「琴のそら音」に本郷中央会堂が登場していました。</description>
    <dc:creator>アリオーソ</dc:creator>
    <dc:date>2006-02-12T00:46:17+09:00</dc:date>
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