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飯田政良と徳田秋声

 投稿者:2反田  投稿日:2008年 9月16日(火)02時58分23秒
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  さて徳田秋声の序文は以下のものです(一部省略)。

《 「女の夢」に序す
 飯田君が私のところへ来はじめたのは、もう大分古いことである。君はその頃坪内博士や夏目さんの門に出入して、何かと藝術上の指導を仰いでゐたのである。私のところへもづゐぶん原稿を持込んで来たが、みんな五六百枚から千枚ぐらゐ、力作雄篇で、作の質から言ふとドストイエフスキイに似たやうなものである。人の面貌や人となりも、ドストイエフスキーもこんな男ではなかつたかと思はれるくらゐ、正直で、敬虔で、偏屈で、世渡りが下手で、さうして貧乏で、努力家であつた。 …(略)… それに又、此の日本のドストイエフスキイが、精励刻苦して作つたところの長篇が、いづれも苦渋怪奇なもので、ちよつと賣れ口のつきにくいものであつたことも、本尊のドストイエフスキイも酷似してゐるやうで、とにかく一箇の文學者として、君のごとく讀んだり書いたりすることに熱心で、報はれるところの鮮いのは、近来の文壇には珍しいことである。
 「女の夢」は、夏目さんの好意深い計らひで、私と合作と云ふことにして、以前大阪朝日に連載したもので、或る人の説によると少しも面白くないとも言ひ、又或る特殊の人に聞くと、ひどく特異な點があつて、文壇かぶれのしてゐないところが好いと言ふのである。夏目さんが大阪朝日新聞社の提議で、私に署名してやつては何うかと言つたくらゐだから、作品と人とに相當の信用をおいてゐたことは疑ふの余地がない。
 飯田君は文壇人とは殆ど交渉がない。それくらゐ周囲の事情には迂闊である。それに夏目さんが亡くなられてからは、立寄る蔭もなくなつて、此の頃まで他の方面で生活してゐたが、偶々「女の夢」を是非出版しろといふ君の擁護者に出逢ふことができて、君の作品が茲にゆくりなくも世のなかへ出ることになつたのである。 私は夏目さんが私の署名の件について、長い手紙を私に書かれた當時の事情を懐かしく思ひ起すと共に、長く報はれなかった飯田君の勞作の一つが世に認められるに至つたことを心から悦ぶものである。
 大正十四年七月十三日 徳田秋聲 》

というように「女の夢」について全く褒めておらず、その品質保証についても漱石の責任に委ねています。しかし、遠慮のない人物評からは、飯田と秋声に、ある程度立ち入った交流があっただろうことがうかがわれます。
そして、飯田の不思議な多作ぶり――わずか2年間に長篇7、短篇40作を”発表”したと称しながら文芸誌に殆ど名前の見当らない――と、漱石書簡に見られるような飯田の立場を念頭に置くとき、秋声との関係には、”代作”に関るものも含まれていたのではなかったか、と思われるのです。

ここら辺はおそらく秋声研究においてもある程度の検討がされ、飯田の名も代作者の中にピックアップされているのではないかと思いますが、文章化されたものがあるかは不明です。

「女の夢」は明治文壇の”名義貸し”の中でも、当事者の証言の揃っている稀有な興味深い例ですので、先行研究も踏まえず、とりあえず資料紹介をしました。三島霜川の文学活動の周辺事例の一としてお読みいただければ幸いです。
 

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