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「メディア・リテラシーとは反オタク運動ではないか?」というご意見ですが、私なりに考えていることを述べてみたいと思います。まず、メディア・リテラシー教育というのは、従来の「悪い番組を駆逐して、良い番組を見よう」という教育ではないということです。ですから、以前よくあったように「番組のワースト10」なるものを作って、その番組を見ないようにする、そして、教育テレビなどのいい番組を見るように教育するということではありません。メディア・リテラシー教育とは、「メディアに関してその力と弱点を理解し、歪みと優先事項、役割と効果、芸術的技法と策略等を含む理解を身につけた子どもを育成することにある」(「メディア・リテラシー」リベルタ出版)のであってクリティカルな主体性の確立が目的なのです。つまり、テレビメディアを例にとると、悪い番組とされているものも、良い番組といわれているものも含めて、その番組の社会的背景や政治的背景、商業的な背景なども含めて客観的にクリティカルに理解できる力を育てるということです。ですから、単純に暴力的だからダメな番組とか、ナンセンスだからダメな番組というようなある種の価値を植え付ける教育ではないはずです。もちろんジェンダーの問題とか、ステレオタイプ、差別の問題など社会的な背景なども番組の中からきちんと見抜き、それを制作者に指摘するなどの運動は大事なことですが、それ自体はメディア・リテラシー教育ではなく、メディア・リテラシー教育によって培われた個々人や団体が自らの主体性で行う運動なのではないかと思っています。
メディア・リテラシー教育は、「オタクやオタク文化が悪い」という価値観を与えるものではありません。オタク的な作品を作る制作者の意図や、政治的、社会的、文化的な背景、その効果などを分析し、クリティカルな見る目を養うことを目的にします。
字数に制限があるのでこの程度しか述べられませんが、私は以上のように考えています。
<管理人>
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